〜 Weekly Meditation〜


ウイークリー瞑想 「シンガポール、シンガポール」 2004年10月21日(木)

今回友人の太田和師の紹介で10月6日から18日までの2週間近くシンガポールの日本人教会での奉仕をすることが許されました。この群れはすでに多くの指導者が関わってこられました。友人の故片岡師も牧会をされてこられました。そんなわけで私はそれらの指導者の霊的な流れのなかで許された奉仕ができればと思って伺いました。

集会のアレンジを丁寧にしてくださったY兄のスケジュールに従っていくつかの家庭集会、祈祷会、夫婦セミナー、男性集会、教会修養会、2回の礼拝説教をさせていただきました。メールでのやり取りできめ細かいことまで気を遣っていてくださることが分かって、Y兄のイメージを勝手に想像してきました。しかし、飛行場でお会いしたときにイメージに合っていなかったのでしばらくとまどいました。ただ交わりしているなかですぐにY兄の思慮深い心遣いを感じることができて、イメージが間違いでないことを確認しました。

礼拝堂としてお借りしている建物が、戦時中日本軍の武器庫に使われたものであると聞いて、歴史の重みのなかに日本人教会が置かれていることが分かりました。そして80名ほどの日本人クリスチャンがさまざまな関わりでシンガポールに来られていることが分かりました。国際結婚、仕事を求めて、商社企業関係といろいろな理由で安住の地である日本を離れてこの常夏の島でたくましく生活をされています。礼拝堂はレンガ造りです。常夏なので窓はなく、吹き抜けになっています。

交わりを通して当然なのですが、自分自身が同じように日本を離れて海外で生活をしている事実に気づかされました。そして、そこに至った経過をもう一度深く思い起こされました。不思議に最初の礼拝のメッセージでお分かちすることになりました。聞いてくださった方々がそれぞれ日本を離れてシンガポールに来ているなかで経験されたことにどこかで結びついたような気がしています。ひとりの国際結婚をされている兄弟が、商社関係の方と親しくなってもその方々はいずれ日本に戻ってしまうので、友達ができないで寂しいというようなことを言ってくださり、自分も経験させられていることだと納得しました。

家庭集会ではご婦人たちが多かったので、自分の人生をお花でたとえるようなことをして自分自身を振り返ることをしました。気に入ってくださって、その後何度も食卓での話題になりました。

最初の週末に夫婦セミナー、男性集会、次の週末にロマ書5−8章からの教会修養会をさせていただきました。それぞれに多くの方が参加してくださいました。雅歌を使って夫婦が花と木でお互いをたとえる作業も意味のあるものと受け止めてくださいました。そのセミナーにはご主人は参加されていなかった方が、あとでその状況を説明して、ご自分が思っているご主人のイメージをある木で伝えて喜んでもらい、そしてご主人から花で自分のことを言ってもらったと嬉しそうに報告してくださいました。

17名の兄弟が集まって会食をしながらでしたが3時間ほどの楽しい男性集会を持つことができました。そこででてきたことはいっさい外に出せないので書くこともできませんが、皆さんが自分のうちになることを自由に語ってくださいました。そして他の男性の心の中のことを聞きながら、互いにうなづかされるたことでした。本当は話したいことが一杯詰まっているように思いました。この前日の夜にY兄がご自分の職場の日本人男性12,3名をご自宅に招いてくださいました。そのときも自分たちの心を語ってくださいました。Y兄も聞いたことのない話が出てきたと言っていました。

ロマ書5−8章を基にしての修養会は計8時間の長丁場でしたが、パウロと共にどのようにしたら「アーメン」と言えるのかを視点に、知的な面、感情的な面を含めながら霊的な意味で自分のなかに住みつく罪と、自分のうちにいてくださるキリストを、いくつかの作業をしながら学びました。捉えきれないほどの恵みに満ちているパウロの心を少しでも自分のものにできればと願っています。それは、とりもなおさず私自身の課題です。心を見つめる作業をしたり、分かち合いをしながらの集会でしたので、ある兄弟は寝ることもできなかったと嬉しそうに言ってくれました。

2週間近くのあいだ、右も左も分からないものを送り迎えしてくださった方々、食事に誘ってくださり楽しい交わりを持ってくださった方々、滞在期間中深い心遣いを持って配慮してくださったY兄姉、ただ皆さまの温かい心に接してシンガポールでの意味深い時を持たせていただきました。感謝に堪えません。少なくとも男性集会のためにはまたお伺いしたいと勝手に思わされています。

シンガポールから日本に戻って、荷物を整理して、台風23号が関東に接近する前に成田を飛び立って無事に家族のもとに帰ってくることができました。妻のルイーズが守られてにこにこしながらサクラメントの飛行場で待っていてくれました。

上沼昌雄記