〜 Weekly Meditation〜


ウイークリー瞑想 「引退牧師がいて、、、」 2004年7月17日(土)

 2週間半の短い日本での滞在でしたが、ある教会での礼拝、男性集会の奉仕で気持ちのよい体験をしました。全体に調和があり、明るさがあり、抜けたところがあり、自由がありました。

 その教会を開拓されて引退された牧師先生が静かに礼拝に出席されていて、同時に若い方々が多く集われていました。

 聖歌が歌われ、ワーシップソングが歌われていました。静粛さがあり、騒がしさがありました。気品があり、日常性がありました。私はただその雰囲気に乗って語っただけでした。

 ミニストリーを支援してくれているサクラメントの郊外の教会で、その教会を築いた牧師夫婦が引退されてそのまま礼拝の出席されていました。日本の教会では見たことのない光景でした。引退してそのままその教会おられ、私のミニストリーもそのまま受け止めてくれています。教会の広さと奥の深さを感じます。3千人の大きな教会ですが、家庭的な雰囲気を持っています。いつも受け入れられている感じです。地域の奉仕と海外宣教が一つになっています。高貴さがあります。

 今回奉仕させていただいた教会に引退された牧師先生がそのまま礼拝に主席されているというのは、教会のあり方を象徴しています。聖歌とワーシップソングが調和してきます。静けさと動きがかみ合ってきます。霊的なことと日常的なことが結びついています。地域性と普遍性が共存しています。
英語の礼拝もなされています。

 「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ3:23) 


 教会の霊的な姿は、人間的には相反するものが調和を持って共存できることです。アメリカの教会で伝統的な礼拝と若者向けの礼拝と分けているところがあります。私たちが出席している教会でもつい最近同じことを始めました。

 引退牧師がいて若い牧師が続いて教会を盛り上げていく。そのなかでの奉仕は新鮮な体験でした。

 上沼昌雄記