● 今月の「クリスチャン聖書川柳」
サウスベイジャパニーズクリスチャンフェローシップ選


● 「天国」 その1
あの人も 天国に行くの チョッといや
(某巡回伝道師)
ある人が、有名な神学者に天国のことについて尋ねたそうです。「先生、私たちは、愛する人たちみんなと、本当に天国で再会できるの ですか?」尋ねられた神学者は、力を込めて言った。「ええ、確かです。 ・・・・だが、他の人々とも再会しますよ。」(H.フォ・カンペンハウゼン『笑いの伝承 キリスト教ユーモア集』より生きているうちに和解しておきたいものです。 天国は永遠ですよね。
● 「天国」 その2
天国に ホーリネス教団 あるのかな?  
永井は無用の介)
「もちろん、ありますよ。」 ○林○夫師
● 「天国」 その3
あらなんだ 君もいたのか 天国に
 (先信では抜けていました)
天国では意外な人と再会することでしょう。
永井は無用の介)


● 「断食祈祷」 その1
ダイエット 兼ねて出かける 祈祷院
永井は無用の介)
● 「断食祈祷」 その2
断食に 備えて食べる 三日分  
永井は無用の介)




2004年までの「くりすちやん聖書川柳」
サウスベイジャパニーズクリスチャンフェローシップ選


お証しが いつのまにやら お説教
クリスチャン 石も無いのに つまずいて
つまずいた 牧師に信徒に 教会に
わがままと ありのままとを 勘違い
落ち麦 十年経っても そのまんま
朝な夕なにおりなす雲の、空の画廊が我が家の宝
いつか我が家のポーチの鉢に、春が来ていた黄水仙
地上十階アパート暮らし、ハトの珍客二人連れ
愚痴は言うまいと心に決めて、仰ぐ十字架主のみ声
床におさまる生け花あれば、道で踏まれる花もある
飢え渇き 求め続けりゃ谷の水 (詩篇42:1)
愛の手が 良きサマリヤ人と今もなお (ルカ17:25)
御言葉が 命となって今日も生く (ヨハネ1:1)
一粒の麦 世界に落ちて愛を知る (ヨハネ12:24)
見つけたよ 羊みんなで喜ぼう (ルカ15章)
山百合よ 誰に見せよと 清く咲く
主のみ声 良くたがやした 黒い地に
主よ感謝 ナルドの油 我になし
世の旅路 迷わば聖書の 地図がある
空の鳥 雨に嵐に 家もなく
沖へい出よ 逃げて来られぬ 深みまで
み言葉が 石地いばらに あら惜しい

●「明治のカリスマ」森作順子姉作

赦しても 赦さなくても みな家族
赦せない! そんな自分が 赦せない
ゆだねたら もう悩まない 捕われない
感謝した とたんに飛び出る 愚痴文句
今あるは みんな主からの もらい物
もらい物 誰にあげても 損はなし
喜んで 与える人は 祝される
与えるを 惜しんで損する 人もいる
与うるも 受くるも幸い クリスチャン
ああ賛美 金の掛からぬ捧げもの
捧げれば 身も魂も 軽くなり
捧げます いらなくなったら 捧げます
おやじギャグ うちの牧師も 冷やし系
苦しみの 中にこそある 主のおん手
油切れ ドアしめられて 我ひとり
腹立てど 握った石を そっと捨て
讃美歌は 我が行く道の 応援歌
イエス様を 知らぬと言った 胸の内
主の選び みな欠点を 知りながら
クリスチャン  御霊なければ  タダの人 (永井は無用)
聖霊が  降ってあなたも  証し人 (永井は無用)
朝起きて  今日も生きてる  感謝かな (伊藤兄)
痛いのは  生きてる証拠  ありがとう (明治のカリスマ)
神と富  どっちも欲しい  情けなさ (明治のカリスマ)
聞かせたや  今朝(けさ)の説教  あの人に” おせっかい
落ち込むな  あなたはそれほど  きよくない” うぬぼれ屋
主よ主よと  言ってるわりには  従わず” 自分自身
忍耐を  ください神さま  今すぐに” 短気者
善人を  演じているまに  本物に”(永井は無用の介)
遊女をば  捕らえてみれば  わが娘”ユダ(タマルの父)
振り向くな  向けばあなたも  ロトの妻”
気をつけよう  ひとりでわたる  赤信号” 小心者
日曜日  家に帰って  仮面取る”
オオカミだ  助けてください  おお神よ!” (ヨハネ10:12より)
忍耐を ください神様 今すぐに”
我が自我の すぐよみがえる たくましさ”
謙遜だ 喜んでいる 傲慢さ”  明治のカリスマ(森作先生)
天国に マンション持ってる ホームレス”乞食王子(分科会の生徒さん)
天国に 家がなければ ホームレス” 家なき子(永井は無用の介)
「振り向けば 足跡いつも 二人分」(永井は無用の介)