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サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ


ザ・証し
「イエス様の朝刊」坪井永代(えいしろ)伝道師の証し
「二度の死と二度の復活」中村益満さんの証し
「キリストが魅せられて」稲垣俊也・遠藤久美子御夫妻の証
「救われ砕かれた者として」青山富美さんの証し
「全てを主に委ね、感謝して」佐藤綾子博士の証し
「わたしがあなたがたを選んだのである」辰口優子さんの証し
「今、私は新しく造られたものとなり」工藤緑さんの証し
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 坪井永代(えいしろ)の証し(伝道師)
  

 
【イエス様の朝刊】

 朝日、毎日、読売、LA TIMES etc、色々な新聞がありますが、今日お分かちしたいのは、イエス・キリストの新聞とでもいいましょうか、「GOOD NEWS」イエス・キリストの福音です。

 18歳のときでした。東京の八王子市で新聞配達の仕事をしながら大学に通っていたとき、私の人生は、イエス・キリストによって180度、方向転換をしました。それまでは、自分は楽しく、人並みに過ごせればいいって考えていました。「神様も、イエス・キリストも、いるとは思うけれど、自分にとっては、必要な存在ではないし、自分は、普通の人と同じように生きていくんだ。」って、そう考えていました。でも、どんなに働いても、大学に通って沢山の友達に出会っても、満たされない心の部分があることに気が付きました。自分がやりたいようにやって、自分が願っていたとおりになっているのにもかかわらず・・・。

 朝2時や3時に起きて新聞を配るとき、私はよく転びました。400部ぐらいの新聞を、50ccのバイクで、2回ぐらいに分けて配りましたが、バランスを失ったり、雨でスリップしたりしてバイクが倒れると、道路いっぱいに新聞が「ブワ〜」って広がっていく。私の心は本当にむなしくなりました。

 「何やってんだろう、俺は・・・。」
そんな時、私は聖書の言葉に出会いました。
『あなたがたは心を騒がせてはならない、神を信じ、また私を信じなさい。』ヨハネ14章1節毎朝、毎日、心が騒いでいた、疲れきっていた私にとって、この言葉は、本当に大きな励ましであり、力でした。

 丁度、同じ時期に、私は大和キリスト教会に出会いました。そして、その場所で、大川従道先生が語る、こんな言葉にも出会いました。「あなたの人生のマイナスは、必ず大きなプラスに変わります。」毎週日曜日なされる礼拝の中で、私の心は、イエス・キリストに出会い、自分の罪を示され、イエス・キリストを自分の救い主として信じ、お従いすることを決心しました。何よりも、私のために命をすてて、十字架にかかるほどの愛をしめしてくださったイエス・キリストを愛し、感謝をしています。

 あれから、丁度10年たちます。現実的には難しい出来事も沢山ありました。でも、イエス・キリストは、決して私を忘れることなく、私の心に毎朝、語りかけてくださっています。丁度、毎朝玄関のポストに新聞を届けてくれる人のように。

 2003年 私は今、安藤先生ご夫妻、ご家族、そして教会の皆様に支えられて、大きな祝福の中で、感謝の日々を歩ませて頂いています。当地に来る前は、アルゼンチン、ブラジル、チリにも行って、イエス・キリストの福音を伝えさせていただきました。それは、神様の憐れみと、大川従道先生をはじめ、多くの人々のお祈りと支えのお陰です。

もし神様が、私のようなものでさえ用いてくださるのなら、これからも全世界に出て行って、一人でも多くの人々に、この福音、GOOD・NEWSをお伝えしたいと願っています。

「神は、実に、その一人子をたまわったほどに、この世を、愛してくださった、それは、御子を信じる者が一人として滅びることなく永遠の命をもつためである。」ヨハネ3章16節                                
   
(坪井永代先生は現在、大和カルバリー・チャペルの伝道師で8月末まで私達の教会を手伝ってくださっています)

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 中村益満兄の証し(JTJ卒インターン)
  


 <二度の死と二度の復活>      

 私は今まで63年間生きてきた中で、2度死んで2度復活しております。 私は宗教とは無縁の中で育ちましたので、ずっと『無神論者』を自認してきました。子供の頃は家が裕福だった事もあり、お金を母からせびっては使い放題という、我侭で虚栄心の強い子に育ちました。つくづく子供にはお金を十分与えてはいけないと思っております。

 私が大学3年の時、実家が破産した為、大学を中退して“中華ソバ屋”に急遽転身しなければならなくなりました。この「大学生からそば屋への転身」は、それこそ“王子様から貧民”に、“天国から地獄”にいきなり突き落とされたような物でした。いや、地獄でもよいから、穴があったら入りたいほど恥ずかしい思いをしました。

 なぜなら、「俺は天下の早稲田の学生だ!!」と言わんばかりに、早稲田の角帽をかぶって町中を歩いたからです。当時は大学まで行く人は少なかったので目立ちました。これだけでも私の虚栄心がどんな物かわかります。恥ずかしい思いを酒を飲んで忘れ様としました。この経験で「虚栄心は人を愚かにする」ことが分かりました。

 それでも兄弟五人力を合わせてよく働きました。数年後には借金も返済し、結婚して、二人の娘にも恵まれました。しかし、子供の頃からの夢であった<外交官>への道が断たれ、友人と比較しては私の方が劣ると決めつけていました。つくづく外見だけで判断していたと思います。その劣等感に耐え切れず、酒量が増え、酔えば必ず暴れて、人に迷惑を掛けるようになりました。遂にはアル中になり、精神病院の入退院を繰り返すようになります。

 母親の姿を求めて泣いている子供に、子供の大好きなおやつをやっても泣き止まないのは、母親にしか埋める事の出来ない『心の空洞』があるからですが、私にもどうしても埋めることのできない『心の空洞』がありました。遂には妻にも見放され、離婚もします。娘たちが六才と三才の時です。その後の私は、「生きる事も、死ぬ事も出来ない、いける屍」でした。これが第一回目の死です。

 父からも母からも「お前は社会悪だから死んでくれ!!」と言われ、父からは勘当されてしまいましたがその父も亡くなり、単身東京に出て、はからずもAAと言うグループセラピーで酒を断つことが出来ました。17年前の事です。AAでは『自分の理解する神、Higher Power』を信じて、毎日「今日一日飲まないように」と祈りましたが、次第に家族の事、AAの仲間の事、会社の関係者、遂には日本中の人、世界中の人々の幸せを祈るようになりました。

 断酒後五年経った時、突然長女から電話が入り、「東京の英語学校に通うので、一緒に住もう」と言われました。このことは、それこそ暗く長い地獄の底から、一気に天国に引き上げられたような気分で、「酒を止めて本当によかった」と私の信じていた神に心から感謝しました。

これが第一回目の復活です。 

 重症のアル中であった私は、AAで酒から開放され、社会人として誰にも迷惑を掛けることなく生活できる様になりました。別れた長女との一年間の同居は「自分が変わ る事によって周りの人達も変わる」という体験を身をもってしました。しかし一人だけどうしても赦せない人間がいました。兄です。兄は私が酒を飲むとすぐ、精神病院に入れたからです。私が離婚したのも、私の人生設計が狂ったのも、「兄が私を精神病院に入れたからだ!!」と恨んでいました。

 ある日の事ふと「もし兄が私を精神病院に入れなかったら、半身不随になっていたか或いは死んでいたかもしれない」と思った時、兄への恨みは“感謝”に変わっていました。

 一方娘達二人も結婚して孫にも恵まれ、会社では給料と役職がうなぎ登りに上がり、わたしは有頂天になっていました。何もかもバラ色に見えました。でも子供の頃の“虚栄心”が目を覚ましていたのには気がつきませんでした。「今、人並み以上の生活が出来るのも、全ては自分の力、自分の才能による」と自信に満ちていた時、サタンは甘い言葉で私に囁きます。「あなたは偉い。たいしたもんだ!」と。

 私は自分の力に慢心し、いつしか“人の痛み”が分からなくなっていました。そんな私に会社は「リストラ」を宣告します。「神は高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる」(ヤコブ4:6)この通りでした。そのリストラによって“今までの私の人生は完全に否定されました。”私自身にあるはずの“力”がなかったからです。

 私は“心の支え”を失って、今度こそ本気になって本格的に死ぬ事ばかり考え始めました。この世から逃れるため、『山谷』の安宿で、又も「生ける屍」と化します。これが2度目の死です。

 私がAAで信じた神も信じられなくなり、毎日欠かした事のない祈りも止めました。それでも酒には手をつけませんでした。そんな状態が一年以上も続き、金もなくなり、いよいよ「死の決行」に迫られた時、ある建物から大勢の人達が出てきました。私は不審に思い、「あそこで何かあるの?」と聞くと、「あれは教会で、礼拝の後食事が出る」と言うのです。そうです!! イエス様は、私を食事に招いてくださったのです。

 その教会は森本春子先生の教会でした。私は老師の力溢れる説教に、“活ける力”が注がれて来るのを感じていました。やがて教会が私の心のオアシスとなり、AAで信じた神は実は「イエス様」であったことに気付かされるのに時間は掛かりませんでした。イエス様は17年前からずっと、私を痛い目に合わせながら、導いてくださってい
たのです。

そう言う中で、「われ救われしは、救わんがためなり」のお言葉に電撃的な触発を受け、「問題を抱えた青少年を親御さん共々で救いに導く為、JTJ神学校に進み、今春卒業しました。

 先月4月8日に、安藤先生が牧しておられる教会にインターン生としてこのアメリカ大陸に参りましたが、着いたその日の家庭集会で、「開放」というテーマを主からいただきました。 私はこのテーマを生涯のテーマとして心に刻み、主の栄光のために主に仕えてまいります。

私は今63才にしてなお、新しい毎日を生かされております。


ハレルヤ、栄光在主!!
(5/21/2003)


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 稲垣俊也・遠藤久美子御夫妻の証し
  


 <キリストが魅せられて>  

  「稲垣さんは何故クリスチャンなのですか?キリストの何にひかれるのですか」とよ くお尋ねを受けます。その理由は多々ありますが、最近はこのように答えることにし ています。「私がキリストに一番惹かれることは、キリストが私に本当に惹かれてく れるということです。」

 キリストは素晴らしいリーダーでありながら、人々が彼に惹かれていくよりも、彼の 方が人間一人一人の美しさや良さに惹かれて求めた様子が、聖書にはいつも描かれて います。人間の奥に隠れている美しさに惹かれるキリストの心と温かみが、聖書の 「み言葉」なのです。

 ザアカイという評判の悪い男が、キリストの姿を見ようと木によじ登りました。キリ ストは「ザアカイ降りてきなさい。今日私はあなたと話をしたいから、あなたの家に 泊まりたい」と言われました。取税人のザアカイは、いつも人々にのけ者にされ敗北 感と惨めさのかたまりであったのに、キリストはザアカイに魅せられ話をしたいと言 われたのです。

 シモンという普通の漁師に、リーダーの才覚を認め「ペテロ」と呼び、マグダラの マリアの中に、女性としての素直さ、愛の力を認められたのはキリストでした。ユダ がキリストを裏切る時でさえキリストは彼を「友」と呼んだのです。

 私達はまだ完成していない「メロディー」であり「詩」なのです。キリストは新し いメロディーや詩を「私」の上に書きつけたくてしようがないのではないでしょうか !!

 私は、自分のことを考える時、しばしば嫌な面に目を向けてしまいますが、「キリストが、わたしに魅せられるぐらい、私は魅力的な人です。」という時にこそはじめ て、キリストの心を理解しただけでなく、自分の本当の姿を発見したことになるのではないでしょうか?

 キリストが魅せられた素敵なLAの皆様と、再び賛美のお分かちが出来ることを心より嬉しく思っています。
(4/6/2003)


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青山富美さんの証し
 
(サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ教会員 1977年7月11日受洗)
 

 <救われ砕かれた者として>

 クリスチャンホームに生まれ育った私は、物心ついた頃には、日曜は教会へ行くの が当たり前という生活でした。実家が仏教だった母は、何かあるたびに「罰が当るよ !!」と言うような母だったらしいが、クリスチャンになった途端、「神様は見てる よ、何でも知ってるよ、人の目は誤魔化せても神様はご存知だよ」と言うようになっ たということです。母はすでに私に対しては何時も口癖の様にそう言っていました。 イエス様は悪い事ばかりしていたわたしには恐い方でした。

 多分何らかの影響で、 「罰が当る」と言った思いが心の隅にあったのかもしれません。ですからどうやって も神様から逃れられない思いがあり、教会からも離れられず、かといってイエス様の 愛が充分わかっていた訳ではなかったのです。高校生の時2才上の姉が突然洗礼を受 けると言い出し、私もいつかは受けなきゃいけないんだから一緒に受けておこう、な んて軽い気持ちで受洗したことを思い出します。

 そんな訳ですから、洗礼を受けた後も、前の状態とあまり変わらず、厳しい母から逃 れるという意味もあって高校卒業後、付き合っていた今の夫と結婚する事にしまし た。その時夫はまだクリスチャンではなかったのですが、「あなたが救われれば、あ なたの家族も救われる」という聖書の御言葉には確信があり、一人目の赤ちゃんの 死、アメリカ移住と言う生活の中、不思議な方法で夫も救いへと導かれ、今では二人 の子供と共に家族全員がクリスチャンという恵まれた生活が与えられています。

 今の 私があるのは、第一に母の熱心な祈りがあります。そして生まれる前から私の周りの 熱心なクリスチャンの祈りによって、主の憐れみを受け、愛の中に留まらせていただ いたからだと強く確信している次第です。何となく軽い気持ちで受けた洗礼も今わか ることは、そんな私も主の選びの内にあったのだという事です。神の愛が私に注がれ ている事を心から感謝せずにはいられません。ハレルヤ!
(3/6/2003) 


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佐藤綾子博士の証し
 

 
 30代に3ヶ月ほど過ごしたLAに、この度友人の右近勝吉氏と共に安藤秀世牧師をおたずねしました。JCB主催の講演会を行う為でしたが、私は本当にこの事を感謝しています。安藤先生に2002年5月に東京でお会いして、その時「いつかLAで話してね」と言われていたのですが、2002年12月22日晴れて洗礼を受けて7ヶ月後の今この事が実現しました。

 熱心な仏教徒として55年間の人生を過ごしてきて最高のX’masが2002年だったと思います。紙面の都合で詳述出来ませんが、これでもかこれでもかと言うほどの苦しい出来事が2000年から立て続けに私の身に起きたのも、今は全て主の救いに導かれるプロセスだったと感じています。

「全てのわざには時がある。泣くのに時があり、微笑むのに時がある…」(伝道の書3:4)

 日本におけるパフォーマンス学の創始者であり、パイオニアとして、自分に与えられた能力(タラント)をフルに使い切って、より多くの方々にこの恵みを伝えて行く事が今後の私の使命だと思っております。

 全てを主に委ね、感謝して、
(2/24/2003)


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辰口優子さんの証し
 
(サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ教会員 2002年2月8日受洗)
 

 子供の頃、テレビで見た「大草原の小さな家」が、私がアメリカに対して漠然と憧れを抱いた始まりです。そして、社会に出て働くようになり、周りの人からよく言われた言葉が、「あなた変わってる」という一言。確かに、自分の居場所を見つけられずにいたせいかもしれません。そんな私が、10数年前にロサンゼルスを選んでやって来ました。

 たった独りで。はじめの数年は、英語に苦労したものの、何故だか自分らしくいられる居心地の良さを感じていました。そして、ここに住もうと心に決めた私。そんな思いが通じたのか、今のダンナさんと知り合い、結婚、そして子供が生まれた。でも、4人の子供にも恵まれたのに時々、空しさを感じるようになっていました。

 大体、大草原の小さな家に憧れていたのに、ここはまるで日本と変わらないくらい、日本語が溢れてる。その中で、日本で感じた居心地の悪さをまた、ここでも味わってる。だからといって、現地の人と親しくなるには英語力が伴わない。自分がアメリカにいて日本人社会に属している事を悩んだりして、ますます心にぽっかり穴が空いてるのを感じる私でした。主人に恵まれ、子供に恵まれて幸せなのに・・・、いや幸せだから感じる空しさだったのかもしれません。

 そんな時に、青山富美さんの言った言葉が、「心には埋められない穴がある。それは、イエス様でないと埋められない穴なんだよ。」
 また、こうも付け加えてくれました。
「その、空しさを他の物で埋めようとしてもピッタリと埋まらない。たとえ、埋まったとしても、またすぐにガラガラ崩れてさらに大きな穴が空いてしまう。でも神様で埋めた穴は、他の物でふさがっていた穴を無くしても、その空いた穴をも大きな愛で包み込んでくれるよ。」

 それから私の求道が始まったのですが、いかに教会へ通わずにキリスト教を知る事が出来るかと、インターネットを駆使したり本を読んだりしていました。そんな私に、もっともよい教会へと自然にそれでいて完璧な方法で神様は導いて下さいました。 

 そして今まで、いろんな事がありましたが、結果すべて良い方へと落ち着いている。「結果オーライ」そんな風に言っていた私です。ただ、子育てに関しては結果がまだ見えない。判らない。4人の子育てに追われ、ありのままを受け入れてあげる事も出来ずについつい感情的に怒鳴ったり、叱ったりしてしまい、心に余裕のない、子育てをしてしまっている。

 そんな私に主は同じ4人の子供を育てられた中野明子先生との出会いを与えて下さいました。そして、「今と違って、昔はとても暗い子だった。また子育ては、失敗の子育てでした。でも今、子供たちはローマ人への手紙 8章28節のみ言葉に書かれているとおり益と変えて下さり素敵な子供たちに育ってくれた。」そんな話を聞いて、私はなんとも言えない感動を覚えました。

 「結果オーライ」と、まるで自分の力でそうなったのだと、思っていたのですが、違う「神様が益と変えて下さるのだ」と思い知らされたのでした。そして、結果のまだ判らない子育てに関して万事を益として下さる神様にすがりたいと思ったのです。そして、ずーっと心にひっかかっていたイエス・キリストの存在もヨハネ16:6【イエスは、彼に言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとにいくことはできない。」】そこまで言いきり、書き切っている聖書を信じてみよう、「賭け」てみようと決心したのです。

 しかし、受洗に対しては受洗は救いの条件ではないという気持ちと何故か、踏み切れない気持ちがありました。かなり自我の強い私でしたが神様は教会へ行く前から、いろんな形で備えていて下さったことを思い出したのです。さらにある時ふっと開いた聖書、【主よ、あなたはわたしを探り私を知りつくされました。】 と始まる、 詩篇139編を読んでハッとしました。

 さらに、【わたしの舌に一言もないのに主よ、あなたはことごとくそれを知られます。】そして、【わたしはどこへ行って あなたのみ霊を離れましょうか。わたしはどこへ行って、あなたのみ前をのがれましょうか。】と読んだ時に、私を呼んでおられる主を感じざるを得ませんでした。どこへ行っても逃れられないと強く感じたのです。そして気がつくと受洗を決意していました。

 このようにして主は、受洗の時に至るまでの一つ一つの出来事や出会った人々を通して何度も呼びかけて下さいました。今は、イエス様というお手本があり、聖書という育児書があり本当に感謝です。 

 きっと神様は貴方の事をも呼んでおられます。「あなたがたが わたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」  ヨハネ15:16 
(10/30/2002)

 辰口 優子 


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 工藤緑さんの証し
 
(サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ教会員 2001年12月16日受洗)
 
 
 気がついたらニューエイジ・ムーブメントにどっぷりと浸かっている自分がいました。70年代にテレビで知った超越瞑想法(TM)のメンバーになった。マントラを与えられ、それを唱えて瞑想をするのです。

 80年代にシャーリー・マクレーンが書いた「アウト オン ザ リム」という本を読んだのがきっかけで輪廻転生に興味を持ち、さらに退行催眠、チャネリング、透視、テレパシー、星占いなど、いわゆるスピリチュアル的な興味の範囲が広がって行きました。これらに関する本を何冊も読み、著名な先生方のセミナーやワークショップにも参加したりしました。そうしている内に「ニューエイジ」という文字を本や雑誌で見るようになり自分がその流れの中にいることを知りました。

 ニューエイジ・ムーブメントの特徴の一つとして、尾形守牧師の著書「さまよえる現代人たち」という本に「すべては一つであるという全一の法則。すべてが本来一つ、一体であるとし、諸宗教、諸理念、諸運動を矛盾と考えるのではなく、一つにまとめようとする。」とあります。私は正にそう信じていたのです。いろいろな宗教があるが皆求めるものは一つであり、それは山の頂きに上るのに幾多の違う道をそれぞれが通っていくようなものであると。

 私は神様の存在を信じていたから、本を読み、セミナーやワークショップに参加し私なりの道を歩んで山の頂きに向かっていると思っていたが、何をしてもそれは一時的に心が満たされる気がするだけでした。私にとって本当の意味での心の乾きが癒されることはありませんでした。

 そんな私を、神様は完璧な道を敷いていつの間にかイエス様の元へ導いて下さったのです。それは、ある日トミちゃん(青山トミ)から右近さんのお話を聞きに行こうと誘われたことに始まりました。

 その日はちょうど時間があいていたこともあり、トミちゃん流の誘いに惹かれて集会 場である井上さん宅に伺いました。便利屋右近さんのユニークなビジネスの話しが終わっ た頃に右近さんを迎えに来た安藤先生(牧師)にお会いしその人柄にふれました。帰り際 にトミちゃんが今度の日曜日も教会で右近さんが話すから来ないかと声をかけてくれました。さ らに面白い話が聞けるものと思い、それが礼拝とは知らずに出かけて行ったのが、私 がこの教会に来る最初の一歩となりました。

 子供も含め三十人もいただろうか。教会はビジネスオフィスのような一部屋に折りた たみ式の椅子が並べられた、およそ私がイメージしていた教会とはほど遠いものでしたが、この小さな教会の雰囲気はとても開放的で私には居心地がよかったのです。そしてな によりも安藤先生の素晴らしい歌声に感動しました。数日後安藤先生から、教会に来たお 礼の手紙が届きました。「言葉の花束をあなたに」と書き出したきれいなカードが入って いて、そのメッセージは優しく心に語り掛けました。
 神様は次週も私が教会に行きたくな るように取り計らってくださったようです。

 その後、トミちゃん宅で開かれた家庭集会で、右近さんは高校生の時ただイエス様を 信じて受け入れるだけなら僕にもできるとクリスチャンになったと証しをされました。「た だ信じるだけ」という言葉が妙に私の頭に残った。井上さんは私が二度三度と教会に 行く度に神様のなさる事は素晴らしいと満面の笑顔で歓迎してくれました。

 安藤先生は聖 書を全く読んだことのない私のためにバイブルスタディーの時を持ってくださった。 「聖書の真の著者は神であり、聖書は神の言葉である。人間の都合の良いように書か れたものではない」と先生が話し始めた時、私はハっとしました。「人間の都合の良いよ うに書かれたものではない」という言葉が私の内にこだました。

 何かを求めるように ; 読んでいた色々な霊能者の本を始め、輪廻転生、チャネリングや星占いの本等が色あ せた物のように感じられてきたのです。それらは自分の興味を満足させるだけの「都合 の良いように書かれた」物でしかなかったようです。そう思ったとたんにモヤモヤした霧のようなも のがすーっと引いて、心が晴れていくような気がしました。

 そして今まで知らなかった聖書の世界が目の前に広がり始めました。「聖書は命の書であり、真理を秘めた宝の箱である。そしてなによりも、神の大いなる愛を語っている」と先生は続けられた。なぜだ かその時「ただ信じるだけ」という右近さんの証しの言葉が心に浮かんできた。まる で神様が私に理屈抜きで聖書の言葉、イエス様をただ信じて見よと囁いているかのよ うに。

 私は自分の心がカラカラに渇いているなどとは露ほども思っていませんでしたが、教会 に行くようになり、又聖書の御言葉を聞くようになってから、自分の心がいかに渇い ていたかを知りました。

 今まで求めていたのは一体何だったのだろうか。霊能者のセミ ナーだ、前世治療のワークショップだ、と出かけて行ったのは何のためだったのだろ う。ただ蜃気楼の水を追いかけていたような気がする。今は聖書の勉強を通してイエ ス様の愛が私の心に注がれ渇きが癒されるのがわかります。

 2001年11月に元ヤクザだった中島哲夫氏のメッセージで「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです」(ローマ書10章10節)とおっしゃるのを聞いたとき、洗礼を受けるべく導かれ、12月16日に受洗しました。

 「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られたものである。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」(コリント人への第二の手紙5 章17節)。

 今、私は新しく造られたものとなりました。

 トミちゃん、右近さん、井上さんそして安藤先生、この変哲のないような一連の人々 との出会いが、私をイエス様へと導びいた神様の用意して下さった道だったのでした。

  ハレルヤ!!
(8/1/2002)

 工藤緑



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