第4回 日本伝道旅行報告(2)  (2003年10月26日〜11月08日) 
安藤秀世(サウスベイ・ジャパニーズクリスチャンフェローシップ教会牧師)
10月26日:
 
 礼拝も「アウンの会」3人が奉仕。杉山進氏が来て下さっていた。礼拝後、食事する間もなく杉山氏と共に富士市に向かう。中野先生は午後関西空港へ、吉田長老達85名と共にハワイへ。富士市では3時から集会。直前に韓国ビビンバ昼食をいただく(お断りしたのだが、遠慮と思われ、食べない訳には行かなかった次第がある)、やはり喉にキムチーがつっかえ、途中声が出なくなる。歌う前には食べてはいけないという教訓。唐辛子などもっての外!! ここの牧師(韓国人婦人牧師)のお父様が亡くなられて不在。ご主人は日本人で2年前ビジネスマンから牧師になられた。ビジネスで苦労された話をしていただく。この教会は6年前にも行かせていただいた純福音系の教会で殆どが韓国人。


 その足ですぐさま御殿場に行き、6時からの集会に備える。6月から開拓を始めたばかりの教会。ご主人が韓国人(秋華伝道師)、ご夫人は日本人(高野真由美伝道師)のお二人とも牧師。小さいながらも立派な講壇。先の教会にも物凄く立派な講壇があったが、どうも韓国系の教会は日本の教会と比較にならない位牧師を大切にし、講壇は聖なる場所と特別に見立てているようだ。

 富士市、御殿場には他宗教の総本山がひしめき、伝道の難しい所。しかしこの韓国の牧師はあえてその地を選んだ。どんな巨大な身体でも小さな「針」一本で倒せるのたとえ通り、自分は針にもなれるとここでの伝道を決意。見上げた信仰。とても真似の出来ない事ではある。この様にして頑張っている教会があることを覚えておこう。因みにその夜の参加人数は6名。でも一所懸命である。杉山氏の車で深夜に東京着。


10月27日〜10月31日:

10月27日:完全休息。

10月28日:
 午前中はドイツテレビ局から右近さんを取材。付き合う。夕方より赤坂VIPに出席。佐藤綾子さん大活躍。マタイ5:13より三谷康人牧師がワンポイント・メッセージ。「地の塩」とは、1)人望のある人になれ。それは愛の人、仕える人である。 2)使命感を持て。「何事でも人々からして欲しいと望むことは、人々にもその通りにせよ」黄金律。3)実力を付けよ。(タラントの譬より)。スピーカーは北城(きたしろ)かく太郎氏(IBM会長)目黒ナザレン教会会員。

 目には見えない偉大なお方にお仕えする事。与えられた使命を努力して全うせよ。心の平安をいつも保ち、思い悩むな。達成感と生き甲斐のある人生。地位を追い求めず、何が正しいかを追い求めてきた。お二人のビジネスマンの含蓄あることばに有意義な夜を過ごす。会費8000円は赤坂VIPのご招待。感謝。佐藤綾子さん、佐々木光男弁護士、市村氏(VIP創始者の一人)などにお会いする。

10月29日:
 午前中は休息。夜は朝顔教会にて祈祷会に参加。以前右近さんの所で見習をしていた青年のお母さんが「俺、俺、詐欺」に引っ掛かったと言う証し。「オレ、オレだよ」と言って息子を装い、「やばい事が起きた」と言ってお金を送らせる。便利屋の右近さん、一度空き巣から仕事の依頼あり、他所の家のドアー鍵を開けてあげたとの事(空き巣とは後で分かった)。さすが東京、生き馬の目を抜く。勿論警察からは大目玉を喰らったに違いない。


10月30日:坂本恵一郎氏と会食。

10月31日:
 干場三英子さん(ゴスペルシンガー)、矢野みどり牧師夫人(ゴスペルシンガー)と会食。矢野夫人とは何年ぶりだろう。相変わらず若い。

11月01日:
 
 午前中横浜カナン・キリスト教会(佐藤敏男牧師)に行く。ホームレス伝道をしておられる。数日前奥様が(韓国人)路傍伝道中暴徒に顔面を殴打され、床に臥せっておられた。痛ましい限りである。この辺り(寿町)は東京の山谷、大阪の釜ケ崎に似た所、「何でもあれ」の世界。アル中、シャブ中、ヤク中、喧嘩など日常茶飯事、殺人、ビルからの飛び降り自殺、焼身自殺。一晩1200円の宿。そこでの伝道は文字通り命がけである。救われる人が起こされるのだ。

 その後、横浜インマニュエル教会(宮崎牧師)を訪ね、翌日の奉仕の打ち合わせをする。右近さんはそのまま残り夜の青年集会。

 夜5時からJTJでの「Brand New Day」365日集会の奉仕。久しぶりに佐々木ヨシュア氏、中村益満氏とお会いする。橋本陽子さんもご主人と共に来られた。

 中野先生から電話あり、吉田芳幸長老がハワイで強制送還にあったニュースを知らせて下さった。急遽吉田長老に電話をし、今回のカリフォルニアでの全ての集会をキャンセルする。残念だがこの次の機会を待つことにする。

11月02日〜03日:

11月02日:
 横浜インマニュエル教会での礼拝奉仕。右近さんと二人で始めてコンビを組む。安藤賛美ー右近証しー安藤賛美とメッセージ、最後にもう一曲賛美。午後にも伝道集会をする。午前と同じパターンで、賛美ー証しー賛美、メッセージ、賛美。

 この組み合わせはやらせていただいてなかなか楽しい。相変わらず右近さんの証しはユニークだ。集会が終わっても、なかなか皆さん去らず、話と祈り。夕方暗くなってやっと散会。楽しい一日でした。身体は疲れたが、気分は爽快。

11月03日:
 夕刻5時からのJTJでの奉仕。今日は祭日(文化の日)。終了後橋本ご夫婦に送っていただき、佐藤綾子さんの家にて夕食会。私達の教会員山口さんご夫婦も一緒。朝顔教会の牧師後藤先生と息子さん、佐藤和枝ドクター(女医)、右近さんご夫妻。

11月04日〜05日:

11月04日:
 山形県米沢へ。夜、金藤家にて家庭集会のご奉仕。たくさんのご馳走。一年ぶりにお会いする方々のお顔が懐かしい。

11月05日:
 米沢興譲教会(田中信生師)にて、午前10時より朝の集い、特別集会モにて賛美とメッセージの奉仕。午後は増田先生によりゲシュタルト療法と行動療法の学びをする(3時間)。夜の祈祷会にて賛美のご用。高野昭先生のお話。

11月06日〜07日:

11月04日:
 朝一番の新幹線にて、金藤晃一先生と盛岡へ。盛岡ゴスペルハウスの集会は米沢興譲教会開拓の一環として金藤先生が遣わされて始められた。盛岡は非常に落ち着いた街の雰囲気。何かゆったりとしている。「我、太平洋の掛け橋とならん」国際的に活躍した新渡戸稲造を生み、詩人、銀河鉄道の宮沢賢治を生んだ地。

 この地での伝道を地道に続けておられる。すでに40名くらいの人々が集まられ、とても和やかな良い雰囲気の集まり。金藤先生は集会前に3名、集会後に3名のカウンセリングしておられ、正に食事をする間もなく奉仕しておられ頭が下がる。来年もまた来させて頂く事を約束して最終の新幹線にて米沢へ。ホテル着11時。朝5時半起床から夜12時就寝まで大変有意義な一日であった。感謝。

11月07日:
 午前と午後、金藤先生より「コーチング」の講習を受ける(4時間)。夜は「特別伝道集会」にて、ご奉仕(賛美とメッセージ)。

11月09日:

(牛タンの食べ過ぎで少々胸やけする。一寸量が過ぎたようだ。)集会は午後なので、午前中は近くの日本基督教団の教会に出席する。100人くらいの出席者。会堂では全く喋ってはならないかのように、水を打ったようにシーンとしている。厳かにパイプオルガンの前奏が始まり、司会者も厳粛な面持ちで静かな口調で語り出す。会衆の賛美も上品で、あまり大声が出せない。

 説教者も静かな声で、決して大声を出さない、抑揚もない。上下のまぶたが自然とミーティング。

 午後の集会はこれまた「特別伝道集会」で、普段の集会場でなく、市内にある<仙台福祉プラサ>の一室(200人収容)を借り切って集会がもたれた。120名の方が集まってくださる(普段の礼拝は60〜70名)。ここは、やはり興譲教会の開拓教会で高木祐樹先生が牧会しておられる。非常に活発な教会で、仙台という大都市でよい働きをしておられる。懐かしい方たちにお会いし驚き。

 米沢興譲教会はスタッフも多く、今回も各集会毎にパンフレットが作成され、司会者、賛美チーム、宣伝など前準備が非常に徹底していた。私の様な駆け出し牧師にとっては、教会の前に大きな看板を掲げられるだけでも気後れがし、怖れをなしてしまうのに、チラシがあちこちに配られて、前宣伝をして下さったのには、恐縮してしまう。

 全体を振り返って見て、力一杯のご奉仕をさせていただいたと思っているが、どれ位のインパクトがあり、救われる魂がどれくらい起こされたのか、どれ位の人たちが元気と励ましを受けられたのか、慰めを受けられたのか、数字的には分からない。全く自信がない。後は神様が育ててくださるのにお任せするしかない。私の出来る分野をさせていただいた。能力的には今のところこれが私の限界なのだから。

 イエス様はそれでも良いと言って下さっているだろうか、心配ではある。ただ一つだけ確実な事は、誰よりも私自身が沢山の恵みを受けたこと、アメリカにいては目に見えないことを見せていただき体験させていただけた事、机に向かって学びをする数倍の学びと訓練を受けたことなどである。

5週間の長きにわたる留守の間教会の面倒を見てくださり、お世話下さった世話人会のメンバー、教会員の1人1人に感謝します。まだ基盤のしっかり固まっていない開拓教会にもかかわらず、このように送り出して下さった寛容ある教会員に感謝します。これですでに4回も日本に伝道旅行に送り出して下さり、しかも経済的にも援助してくださったこの教会には、必ず祝福がもたらされる事と確信しています。

 全てのことを実現させてくださったイエス様に何よりも感謝。

 ハレルヤ!!