「オペラな日々」 2002.10.01

 
オペラな日々(10月号)   稲垣俊哉


 この秋は、私が奉職しております東京音楽大学の教育実習生の現場視察のため音楽教科教育法の研究に励んでいます。文部省の教科再編に伴って、いわゆる「新学力観」が昨今大きな関心を集めています。「新学力観」とは「新指導要綱の学力観」つまり、現在の指導要綱の目指す学力観という意味です。

そのポイントは大きくつぎの3点に要約されています。

 (1)関心、意欲、態度の育成を重視し、それを積極的に評価する。
 (2)教育にあたっての思考力、判断力、表現力、を重視する。
 (3)それにも関連して、教師主導の授業を改め、学習者が自ら動く授業の実践を追求する。
    さらに教師は、支援者としての役割を果たす形で実践にかかわっていく。
 
 幼稚園教育要綱や、保育所保育指針も改定され、芸術活動、音楽活動に関する事柄は領域「表現」のなかに包括されています。領域「表現」は幼年期に育てたい発達の諸能力をふまえたうえで、「心身の健康」(健康)、「人とのかかわり」(人間関係)、「環境とのかかわり」(環境)、「言語の獲得」(言語)、「感性と表現」(表現)という5つの領域を相互に関連させた内容を持っているようです。

 とかく日本人は「表現」することが不得手といわれていますが、これまでの教育のありかたが、知識の集積のみに偏り、与えられた情報を「自分」という人格をとおして如何に外にあらわしていくかということ、また「表現」することによって、「自分」が明らかにされていくことの大切さがないがしろにされていたことへの反省をふまえ、とくに「表現」の領域に注視をそそいでいます。
 
 私は不器用で要領の悪い人間ですが、「表現芸術家」として「表現」だけには一方ならぬ思いと、こだわりがあります。以下、私の「表現観」とりわけ「演奏表現」に対する思いを綴ってまいりたいと思います。

 演奏の真実を求めて

 演奏をすることとは、みせかけることではありません。まねること、化けること、似せること、あるいは「やらせ」等、演奏表現を説明するのに用いられた幾多の言葉、言い回しのどれでもありません。会衆のこころをひきつけ演奏に聞き入っていただくことの要素はだだ一つ、演奏されていることが演奏者にとっても、会衆にとっても「真実」であると思わしめられることに他なりません。

 音楽の三要素(リズム、メロディー、ハーモニー)はそれだけでも人の心身に効用を与えないわけないのですが、それよりもこれらの効用を最大限に生かし、演奏者自身の「真実」、リアリティがいかに実現できるかということに、演奏行為の本来的な意義をみいだすことができましょう。

 音楽用語に「Allrgro ma non troppo」(快速に、しかしはなはだしくなく)というものがあります。音楽は時に憂いを帯び、言い尽くせぬ悩み、苦しみ、あるいは葛藤、憎悪、嫉妬というような「負」の要因を表現して余りあるものです。

 しかし音楽の本質的な性質は、これら「負」の要因から「正」に向かうエネルギーの大きなダイナミックではないでしょうか。悩み、苦しみを敢て表すことによって、自己の心持ちを認識し、その中から一点の光を見出し、いやされ、蘇りをえるカタルシス(次号以降に書かせていただきます)が音楽の力でしょう。ただ一つ留意したいのは、「正」に向かう力を得ようと躍起になったり、ことさら明るくふるまうような見せ掛け、「やらせ」というような”誇張”の傾向に陥ってしまいますと、「真実」とは似て非なるものと言わざるを得なくなってきます。あくまでも自然に素朴に・・・活性に向かう力は帯びていても自然さと単純さがなければ、ほんとうの「快活さ」でなくなってしまいます。

 Ma non troppoは「はなはだしくなく」と訳されていますが、「ごく普通に、中庸に」、言い換えれば「自然に、素朴に」という事かも知れません。私は、音楽伝道者、オペラ歌手として、神と世に仕えるという立場をとらさせていただいております。ともすればどっちつかずの「中庸」と受け止められかねませんが、「負」と「正=聖」の両極に行き来するエネルギーを如実に知覚、体感できる立場ともいえます。両極のあいだに働く心の「うねり」を真実に再現してこそオペラがますます真のドラマになっていくし、賛美が真の光を放っていく・・・そんな、にちにちの演奏の風景から醸し出されることを綴っていきたいと思います。
  
*「演奏」は過去の真実な体験を「舞台,講壇」上に持ち出し再現、再創造すること。
 *音楽はものの「見方」とか「考え方」ではなく、「現実」を何度も倍化して味わい続けるもの。この思いは今後も変わろうはずはごさいません。 (つづく)

 (上の写真は、現在公演期間中のオペラ「愛の妙薬」のスナップです。イタリアの"Commedia del'larte"喜劇芸術の影響をうけた作品で、大げさな所作やパントマイムが特徴的です。うそっぽい表現の真実と申しましょうか、おそるべき”虚構”の中の真実ともいえましょう。)


 
オペラな人 稲垣俊也


稲垣俊哉(いながき・としや) バス

 
東京芸術大学卒業。文化庁派遣芸術家研修員として渡伊。1992年パルマ・ヴェルディ国際声楽コンクール優勝。シェナー音楽祭でヨーロッパデビュー。日本では「ド ン・ジョバンニ」のタイトルロール、都響「ファウスト」のメフィストフェレス(CD好評発売中)、読響「アイーダ」のエジプト王などで活躍。その他数々のオペラやオペラコンサート、FMリサイタル、NHKニュ ーイヤーオペラコンサートなどに出演活躍。現在、東京音楽大学、東京基督教大学、東京基督神学校各講師。日本バプテスト連盟巡回音楽伝道者。二期会会員。







「オペラな日々」(過去の記事)






10月号:演奏の真実を求めて



 9月号:心の理解