♪ハワイよいとこ一度はおいで〜 ♪

常夏と言うが、まさにいつ行っても気候の変らないところだ。

南国の太陽、青々と茂った名前もわからない気になる木々や、果物を一杯つけた実のなる木、青い海 ・ ・ ・実に気分爽快。飛行場に着いた途端、まるでカヌーに乗ってプカプカと浮いているようなのんびりした気分になるから不思議だ。

1964年5月11日、初めてアメリカ大陸に渡った時、ヒコーキはホノルルに寄港した。忘れもしない、アメリカにおいての第一回目の大失敗をしでかしたところだ。ホノルル経由の便、英語のアナウンスが分からなく、ボケーっとしている間に、ロスに行くべき便に置いてけぼりを食った。お陰で予定になかったワイキキ・ビーチで一晩ゆっくり出来たのは、不幸中の幸いか。

二回目のホノルルでの失敗はアメリカ人グループを連れて、大韓航空で日本に行った時やはりホノルルに立ち寄った。フロリダから来た母娘が時間になってもやって来ない。さあ大変!! 場内アナウンスをする、みやげ物店やレストランを掛けづり回る。見つからない、さあどうする!?

結局出発時間になっても現れず、あとは団長に任せ、私もホノルルに残って一晩過ごした訳だが、お陰で翌日は日曜だったので、中野雄一郎先生の牧する教会の礼拝に出席できるという思わぬ恵みをいただいた。

その思い出深いホノルル、今回はNCM2コワイヤと一緒にハワイ伝道旅行、そのホノルル教会でご奉仕させていただいた。マキキ聖城教会創立100周年記念のお祝いも兼ね、セミナーも出席、失敗も問題もなく、有意義な時を過ごせた。

日本から間中勝美氏がNCM2のリーダー牧兄と仕事の打ち合わせのため来ておられ、PAのお手伝いをして下さった。間中氏と牧兄は幼友達。その間中氏がワイキキ・ビーチで洗礼を受けられた。長い間の祈りの結晶であった。

間中氏にはご子息が二人おられ、下の息子さんを14歳の時、血液の癌である白血病で亡くされた。心の痛みがずっと続いていた。それだけではない、人間不信に陥っておられた。血液ドナーをずっと捜しておられ、やっとそのドナーが見つかり、医者は専門の大学病院に息子さんを移し、管理された無菌状態の部屋で手術を待っておられた。その時、息子さんは全く抵抗力がない状態。ところが最終段階になって、そのドナーが断って来たと言う報せが届いた。既に手術をするばかりの状態だったのだ、今更どうなるのか、どうにもならない窮地に追い込まれた。

医者や病院がタイミングを誤らなければ、あたら若い命を失わずに済んだものをと、この悔しさは誰を非難したところで、収まるものではない。その結果が人間不信という深いかき消す事の出来ない傷となって残ってしまった。

牧兄やNCM2メンバーの必死の祈りがずっと続いた。徐々に彼の心の傷が癒され、心を開けるようになった。ハワイ在住、中村牧師御夫妻(ウエストオアフ教会)の受洗へのお導き、主がみんなの祈りをかえりみられ、憐れまれて、聞き届けて下さった。

感動的な洗礼式であった。

安藤秀世

 

本欄に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容はアメリカ合衆国及び日本国の著作権法並びに国際条約により保護されています。