命の水の泉から  竹下弘美 


セカンドチャンス

 

友人がスーパーマスというそろばんを基盤にした、暗算教室を主宰している。ベイエリア(サンフランシスコ近辺)に六ヶ所の教室をもち、いまや三歳から七十七歳まで三百人近い生徒が学んでいる。生徒は教育熱心な東洋系が一番多いが、インド人、白人と多様だ。 このコンピューター時代になぜそろばん?という質問に彼女は答える。

「近い所には車を使わないで歩いて行くでしょう。頭で計算できることは計算機を用いないで右脳を使ってください」

「珠算上級者はそろばんをイメージして玉の動きで計算するのですが、この訓練が、後に数学の図形問題、記憶科学などで幅広く生かされていくことになるのです。今なぜ暗算?ではなく、今だから暗算なのです」

私は毎年行われるスーパーマス大会に友人として、手伝いにいく。読み上げ算の勝ち抜き戦になると、その熱戦たるや、すさまじい。三桁の計算を見事に 暗算でなしとげていく。人間の脳がこんなにも使われるのかと感心する。出題者の彼女は自分でも読み上げながら、計算をし、答えを言う。彼女自身が六段であ る。

出題するごとに「Clear the beads((クリアー・ザ・ビーズ))という。日本語でいわゆる「ご破算にねがいましては…」に相当する言葉だ。ちょうど、そんな礼拝メッセージをきい たところだ。そろばんで今まで計算してきたのをご破算にするということは、すべてが新しくされるということである。神様はすべて私たちの過去を、ご破算に してくださる方であるという。そして、新しくチャンスを与えてくださる。どんなに悪いことをしてもイエスさまの十字架の死によって許され、新しく生かして くださるのだ。

最近見た映画にもそんなのがあった。罪を犯してきた囚人が出獄する。担当刑事は前科者はあくまでも前科者だと彼が変わることを信じない。けれど、彼 はみごとに更正し、夢であったベーカリーを開店し、その刑事の誕生日に、自分の焼いたバースデーケーキを贈る。逆に前科者の彼のためにアル中だった刑事も アル中から脱し、変わる。

近所に昼だけやっているレストランがある。ウエイトレスの感じの良さは抜群だ。そこは、非行に走った青年たちが更正場所として働いているところで、セカンドチャンスを与える場所であると、プレイスマットに書かれている。

セカンドチャンスを与えてくれる所はあっても完全に過去を許し、ご破算にしてくれるのは神様のみだろう。主に感謝。

「ヒソプをもって私を清めてください。わたしは清くなるでしょう。私を洗ってください。私は雪よりも白くなるでしょう 詩篇51−7」

 

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