命の水の泉から  竹下弘美 


髪の毛一本

 

一月に一回夫は髪を切りに行く。もう、前に切ってから一ヵ月が経過してしまったから、いつものようにアポイントメントをとろうと夫の都合をきいた。私がアポイントメントを彼のためにとらないと、なかなか腰をあげないからだ。
「もう切るところもないから、しばらく髪を切りにいくことはやめる。しばらく、髪のことは話さないで」との返事。

私の父はほとんど、髪の毛が無かったが、毎月必ず、率先して床屋に通っていた。そのたびに母に「どこを切るですか?(切るのですかではなく切るですか)」とからかわれていたことを思い出す。その場面が夫と私の家庭でもおこるとは考えもしなかった。父は無い毛を切ってもらうために、特別な技術が必要だと、いつも決まった人に切ってもらっていた。値段もそのため、ふつうより高く払っていたようだ。

このごろの夫の髪の毛の減り具合はすごい。彼の父親は、少し薄くなってはいたが、若く亡くなってしまったので、果たして遺伝なのかどうかわからな い。亡くなった時は少し薄くなっていたが、私の父ほどではなかった。私の父は遺伝で若いころからどんどん薄くなっていたが、まさか、夫にはその遺伝がある とは思わなかった。

男の人は髪が薄くてもかまわないと思うが、本人は気が気ではないらしい。何年も前から、ロゲインを使っていたが、効き目がないと、いつの日がやめて しまった。あれを続けていればよかったのかもしれないが、このところ、減り方が急速になってきた。ついにパーマをかけてみようかなどと、本人が言いだして きているところをみると、相当気にしているらしい。

イエスさまはおっしゃっているではないか。「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで、思いわずらい、何を着ようかと自分の体のことで、思いわずらうな、命は食物にまさり、体は着物にまさるではないか」

たしかに、毛が無くなるくらいのことは、命にかかわる病気にかかっている人からみたら、贅沢な悩みである。それにこの地上で後、何年生かされている かわからないのだから、毛が無くなることぐらいで、くよくよすることはないのだ、それに神様は私たちの髪の毛が何本あるかもご存知だという。
「その上あなた方の頭の毛一本でも、みな数えられている。 ルカ12−7」
そうだ。神様にとっては髪が少ない方が数えやすいから、減らしているのかな?

まあ、夫には誕生日にウィツグでもプレセントするか。

 

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