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命の水の泉から 竹下弘美 「涙をもって蒔く者は、喜びの声をもって刈り取る。」詩篇126-5 毎日配達される広告物の数はおびただしい。その中でも多いのは寄付を募る郵便物だ。アドレスラベルだったり、カード類だったり、いろいろな工夫をし て、お金を募ろうとしている。センスが良いのはなかなか無くて、お金を寄付するからラベルやカードは送ってくれるなと言いたくなる。 ところが、最近、珍しくセンスが良い寄付金募集がホームレスのオーガニゼーションからきた。紫を基調にした白い花のブーケの絵が描かれ、下に紫色の四角い紙が貼ってあった。題は”Seeds of Hope”(希望の種)。以下に要約する。 「植物が死ぬと、種が地面に落ち、あたかも生命は終わりのように思われます。けれどそれが始まりで、地面の下では見えないけれど小さな種が強い命を 目覚めさせているのです。この希望の種が私たちからのプレゼントです。この可能性を秘めた小さな種はきっとイエスさまの死にまでいたった従順さをあなたに 思いおこさせることでしょう。そしてこの種が花になるように、あなたからの寄付金の形が変わってどんなにか私たちの協会を助けてくれるか知ることができる でしょう」。 手順として、「1.土を小さな器に入れる、2.右下の紫色の紙をはがして、その土から二分の一インチ下に埋める、3.それを日の当たるところに置 く。4.芽が出てくるまで、いつも湿り気を与える。5.花を楽しむ」とあった。さっそく試してみようと思ったが、旅行の予定があり、のびのびになってい た。ようやく5日前にその紙ごと土の中に埋めた。毎日湿り気を与えながら見ていたが、やっと今日になってかすかに小さな芽があちこちから出てきた。 それにしてもこの種の入った紙を土に埋めて水を与えることを始めなかったら、今だに芽は出ていなかったわけだ。先日日本に帰ったとき、姉宅のベラン ダで見た胸くらいまである蔓状の棒に絡まったさやえんどうの親分のような植物を思いだした。黒く、大きいさやだった。姉は「ツタンカーメンの豆よ」と言っ た。 ツタンカーメンを発掘したイギリスの探検家がその付属品についていた種を持ち帰って世界に広まったのだという。それにしても3千年以上も前のことだ。これも土の中に埋めなかったら、実らなかったわけだ。 よく、福音の種について、「一粒の麦が死ななければ」とか、「良い地に蒔かれた種は」と言う個所が引用されるが、福音の種はあっても、まず“蒔く”という行為がなければ始まらない。私は、このいただいている福音の種をどのくらい蒔いただろうか。ツタンカーメンの豆のように本人が死んだ後何千年経っても、あちこちで福音が実リ続けることができるように、希望の種を蒔き続けて行きたいものだ。 毎日、どんな花が咲くだろうかと、鉢をのぞきこんでいる。そんな楽しみと希望を与えてくれたこのホームレスのオーガニゼーションには寄付をせざるをえなくなった。
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