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命の水の泉から 竹下弘美
他 人様から貸してもらったり、預かっている物には気を遣う。汚さないか、亡くさないか、お返しする時に、前と同じようになっているか。日本人はこの点、すご い。子供の着換えがなくて、貸してあげたりしたら、洗ってアイロンまでかけて、前と見違えるようになって返ってくる。その上きちんとステキな袋に入れ、ま た、借り賃としてお菓子などを沿えてくる。少し、やりすぎとは思うが、礼儀正しく気持ちが良い。そこへ行くとアメリカ人は対照的だ。 南カリフォルニアのプールがある家にいた時のこと、近所の男の子が泳ぎに来て、着替えがなく、我が家の息子のショートパンツを貸した。その子が帰ってす ぐ、お母さんが、その貸したパンツを返しに来た。もちろん、洗ってもないし、袋に入っているわけでもない。そのまま手でぶらさげて、“here”と私に手 渡してくれた。 先日、貸りていた本をいつものようにバスタブで読んでいた。横にはトイレットがある。お湯が熱くなってきたので、浴槽から本をトイレットの上に投げた。も ちろん、蓋がしてあると思った。ところが、なんと蓋はしてなくて、本は水の中。急いで取りだし、日に干した。ページが水でくっついてしまっているから、そ れをはがして、タオルを敷き、何日もかかって乾かしたが、色も変り、無残な体裁で、これはこのままお返しするわけにはいかない。日本の本だったので、どう しよう、取り寄せるのに日数がかかると案じたが、本屋さんに電話をすると、幸いなことに在庫があって窮地をしのぐことができた。もちろん、貸してくださっ た方には白状した。 私達夫婦は結婚して12年目に、子供が与えられたため、昔から日本でもいうように子供が授かりものであることは骨身に沁みていた。まるで、アブラハ ムとサラにイサクが与えられた時のような気持ちだった。だから決して「子供を作る」という言葉はききたくない。創造主なるお方の働きがなくては命は誕生し ないことが肝に銘じているのだ。 神様から、お預かりしているということもはっきりしていた。子供が18歳なり、21歳なり、一人立ちする時まで、お預かりしているのだから、ちゃん としつけようという心意気で、育てたつもりだ。「むちを加えない者はその子を憎むのである。子を愛するものはつとめてこれを懲らしめる。」(箴言13− 24) トイレの中に投げ込むような育て方はしなかった。少なくともアイロンくらいはかけたのではないかと思っている。そして、子供たちは、しっかりとイエス様の存在を知って世の中に出ていってくれた。 もう思い残すことはない。預かりものをお返ししたのだから。
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