|
命の水の泉から 竹下弘美
昔の日記が出てきた。その中に、「夫が学校を卒業して、就職できたら買うもの、やること」というリストがあった。「マッシュルーム一ポンド、おせん べ、キムチ、入れ歯いっぱい, 花、 赤ちゃん、旅行」と書いてあった。そのころ、マッシュルームは高くていつも半ポンドしか買えなかったのだ。「入れ歯 いっぱい」、は買えるが、歯の悪い夫は保険もなく、歯医者に行くのをひかえていたからだろう。私たちは二千ドルを持って来米したが、一ドルが三百六十円の ころである。 そのお金はいつも、盲腸や急に日本に帰らなければならない時のために手付けずに取っておいた。生活費は私がほそぼそと働いて稼ぎ、夫は学生だったか ら、いつもきりきりの生活をしていた。それでも私の給料で、住居費も、夫の授業料もまかなえることができた。アメリカに来たばかりのころのことだ。その 後、夫と二人で働き、家を買い、経済的に少し楽になるかと思った時に妊娠した。仕事を辞めなければならなくなり、経済的困窮を予期していた。ところが夫の 仕事が変り、ちょうど赤字が出ない程度余計に給料をもらうことになって、大丈夫だった。 その後また、赤字になって一歳の娘をベビーシッターに預けてパートの経理の仕事に就いた。ようやく、すべて軌道に乗り、家計がトントンになった時、 二番目の子を妊娠した。「また、火の車になるだろう。でも神さまから出たことだから、神さまが責任をとってくださるだろう」と思っていたところ、案のじょ う、この時も夫に新しい仕事が与えられて、生き延びた。 信仰の人、ジョージ・ミュラーが孤児院を経営していた時、明日のパンがないという時がよくあったそうである。でも、必ず、その朝までにはパンが備え られた、ということだ。しかもそれは人に公言したのではなく、祈りによって与えられたということを読んだことがある。神様は必ず必要を満たしてくださる。 けれど、決して余るほどの物はくださらない。必要以上の贅沢はお許しにならない方である 今はマッシュルームを一ポンド買うこともできる。入れ歯をいっぱい買うことも、保険があるからできる。子供も与えられた。旅行もできる。けれど、そ れ以上の贅沢は神様は望まれないようだ。ロット(宝くじ)で当たった人で幸福になった人はいないというから、神様は愛する私たちを幸福にしたいがために、 こうしてくださっているのだろうか。たしかにマッシュルームも、半ポンドだけ、おずおず買っていた時の方が美味しく感じたものだ 「でも、時として、少しだけ、必要以上に欲しくなるのです。神様。」 私の神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たしてくださるのである。ピリピ4−19
|