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命の水の泉から 竹下弘美 クリスチャンになる前には、猫とお煎餅、柿が私に幸せをもたらすものであった。クリスチャンになってから、それらが与えてくれる以上の幸せ(それは比べものにならない)次元の違う幸を得たが、もちろん、今でもそれらが好きであることには変りない。 猫はもちろん飼っている。 お煎餅は今では米国内でも生産するようになったし、日本食のお店で買えるが、やはり、おいしいのは日本でなければ手に入らない。日本では洒落て、和 紙の中にいろいろ入っているのもあるが、大判の伝統的な丸いのが良い。それをバリバリと食べる。このごろの黒豆入り、わさび入りはどうもいただけない。こ ちらで手に入る種類の物はお醤油の味が強く、後味が悪い。それでも無いよりましでいつも絶やさない。これはある種の中毒では? 柿は小さいころ、柿の木のある家にお嫁に行きたいと思っていたくらい好きだ。夫の日本の家には見事な柿の木があって、これは夢がかなったと思った が、渡米してきてしまったし、その家もその柿の木も、もうない。今住んでいるこの北加の家では植えたところで、鹿が食べてしまうだろう。 渡米した直後は日本の柿を店頭で見ることはできず、教会の方々のお庭でなったのをいただくことしかなかった。このごろでは富裕柿を一般のグロサリー でもみかけるようになった。それでも買うことはめったになく、木を持っている方からいただく方が多い。毎年、会社で一人の方がものすごい量を持ってきてく れていた。ところが、彼女は他の会社にいってしまったから、今年はもらえない。と思っていたやさき、駐在員の方の家の賃貸をお世話した家に柿の木があっ た。契約にサインするとき、大家さんも柿好きで大家さん、私、店子の方と柿は三軒でわけましょう、と言いあったくらいだ。ところが、今年は皆、青いうちに リスに食べられて全滅だそうだ。そうなると、後残るは私の働いている会社の社長さん宅の柿しかない。 イギリス人の社長は柿がいっぱいなるのに、好きではないと、去年も膨大な数の柿を日本人社員にくださった。今年は柿の時期に仲介になってくれた日本 人の社長秘書の方がバケーションだということで、私が直接社長とかけあうようにといわれた。去年お礼のメールを出しておいたから少し心強い。先日廊下で社 長とすれ違った。おもいきって「今年の柿はどうですか?」と声をかけた。柿をもらえるとあっては社長に話しかけるのも怖くはない。今年は成り年でないこ と、リスに食べられないようにと願っているとの返事。果たして、今年は思う存分手に入れることができるだろうか。 「求めよ、さらば与えられん」 とイエスさまもおっしゃっているではないか。といってもイエスさまは霊的なお話をなさったわけだが、柿はなんとしても食べたい。
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