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命の水の泉から 竹下弘美
こ のごろ、新しいことを始めた。驚くなかれ、これはちょっと発表しにくいことなのだが、バレーだ。バレーは大嫌いで、クリスマス恒例のナッツクラッカーも見 にいったことがない。それなのにどうして始めることになったか。ひとつは、母が腰痛のせいで、腰がかなり曲がってきたことによる。私もなりかねない。友人 を通して姿勢のためにバレーが良いということに気づいた。まず、近隣の市で行なわれているバレー教室を探した。3ヵ所くらい候補があったが、仕事が休みの 日の昼間のクラスに見学に行ってみた。 市のレクレーションセンターなのに、ちゃんと総鏡つきのダンス教室がある。入って行くと、70歳すぎくらいの上品な白人の先生が、タイツ姿で生徒を 待っていた。心良く見学を許してくれた。なんとそこにあるのはCDではなくレコードだ。やがて、やってきた生徒たちも髪の形ひとつとってもなんだか、古い 映画から出てきたようだ。このプログラムの年齢はアダルトとしか書いてなかったのだが、みんなシニアーシティズンのようだ。 授業を受けていたのはたった2人。気の毒でもあり、また、初心者の私でもついていけそうなので、他の市のクラスは見にいかずにここに決めた。早速、 バレーシューズをどこで買うかも教えてもらい、始めることにした。新学期は生徒が増えて、6人。用語がフランス語なので、なかなか覚えられないこともある が、身体を伸ばすので、心地良い。クラシックの音楽も心を和ませてくれる。 冬休みに入る前の最後の日、レッスンが終わりそうになったときに先生は「これをします」と、一枚の紙を皆に渡した。見ると、ゴスペルミュージックの 歌詞がかかれている。いったいこれで踊るのか,何をするのかと不思議に思っていると、レコードがかけられた。そして、先生は「お互いに祈りあいましょう」 と言うのだ。ふたりずつの組になって、音楽に合わせ、頭に手を置き、また、肩に手を置いて祈り合うようにと言う。パートナーを変える。名前こそようやく覚 えたが、お互いのバックグランドはほとんど知らない人ばかりだ。 ほかの宗教の人はいないのだろうか、公共のクラスでこんなことをしても良いのだろうかという懸念をよそに先生は率先して祈りに私たちを導いた。その 間、 “Lay your Hands gently upon us. Let their touch render Your peace. Let them bring Your forgiveness and healing. Lay Your hands gently, lay Your hands” とミュージックは流れた。祈り終わるとバレーのクラスなのに、私たちは聖霊によってひとつになっていた。「あの先生、私が癌と戦っていることを知っている のよ」と後でクラスメートが囁やいた。 皆宗派こそ違うけれど、クリスチャンだとわかった。 これでは辞められそうもない。そのうちナッツクラッカーを踊ることになるかもしれない。
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