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命の水の泉から 竹下弘美
ロ サンゼルスにいたころ、ノラ猫に出会うたびにいつも拾ってきては世話をし、貰い手を探したり、また庭に来るノラちゃんにも食べさせていた。そんなことから 夫はいつも彼が先に召されても私は多くの猫に囲まれて幸せな余生を送ることができるから心配ないし、天国では私が助けた猫たちが迎えにくるだろうとも言っ ている。ある時見た怖い夢がある。朝ドアをあけると、庭の木という木に猫がいて私が食べさせなくてはならないという脅迫的な夢だった。そして、つい最近そ れと同じような大量の猫に出遭った。 ホノルルにいる友人の知人、Hさんが非営利団体の猫収容所を作ったということを聞いたのは3年前である。猫好きな私としてはいつか見に行きたいと 思っていた。先日ホノルルに立ち寄る機会があり、その友人に連絡したところ、友人は、早速私と夫を猫収容所に連れていってくれた。ホノルルには米軍の家族 が多く、その人たちが次の任地に行く時に猫を捨てていくことが多いのだそうだ。Hさんはまず土地を購入し、すでにいた捨て猫、130匹を収容したという。 住み込みの管理人家族も雇い、Hさんが亡くなった後もちゃんと運営できるように手配してあるという。もちろん避妊手術も施すが、捨て猫は後を絶たず、現在 の収容猫は今200匹以上だそうだ。 ホノルルから30分ほど、車を走らせただろうか。着いた所は鬱蒼と木が生い茂った、街道から奥まった一画だった。衛生上、人里離れた所になったのだ ろう。小屋というより大きな部屋がいくつもできていた。木で粗い桟ができているから、空気の流通もよい。 ところが、その桟の隙間から、猫の鼻面がいっぱい飛び出ている。撫でてもらいたいのだろう。部屋に入れてもらった。棚ができている。その棚にも猫、猫、 猫。足にまつわりついてくる。一匹を撫でる。また次のが来る、又次のが来る。長い毛あり、白、ヒマラヤンあり、ロシアンブルーあり、その猫たちがみな寄っ てくる。抱いてあげる。ちょっとかがんだ夫の背中に飛び乗って彼の耳にすりよってくるのもいる。どの猫も目が澄んでいる。ひたすらにこちらの愛を獲得しよ うという目だ。この猫たちは餌のために寄ってくるのではない。ただただ、撫でてもらいたいのだ。そこでは、食、住と命は保証されているのに、それだけでは 満たされない、<愛>をかれらは必要としているのだ。 この猫たちは前飼われていた猫たちだから、その愛の醍醐味を知っている。私たち人間は神の愛によって創造された者。その愛の醍醐味を潜在的に知っている。この猫たちにも撫でてくれるボランティアの人が出てくるように願うと同時に、ひとりでも多くの人が 神様に頭を撫でてもらうことができるように、後ろ髪を引かれる思いで帰路についた。
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