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バプテスマと主の晩餐について PDF Print E-mail
Written by Administrator   
Wednesday, 06 January 2010 22:26

バプテズマ(洗礼)と主の晩餐(聖餐式)は、キリスト誕生のときから2000年もの間、続けられている厳粛な儀式です。 下記に簡単にご説明します。

 

バプテスマ


1. バプテスマとは..

イエス様を信じた人がクリスチャンになるために受ける儀式で、水に浸ることをさします。 バプテズマということばも、ギリシャ語のバプディゾー(浸る)からきています。 教会によっては、滴礼(頭に水を数滴たらす)や、潅礼(頭からボールなどで水をかける)で行うところもありますが、語源や、聖書の記述からするなら、できるだけ浸礼(水に浸る)で行うことが望ましいでしょう。 当教会は、浸礼で行います。

 

2. バプテスマは人を救うか?

ある教会では、バプテスマそのものに人を救う力があるように考えます。 その為、特に乳幼児の死亡率が高かった中世では、生まれてすぐにバプテスマを授ける習慣が生まれました。 これが、幼児洗礼です。しかし、バプテスマという儀式そのものに人を救う力があるわけではありません。 信仰の伴わないバプテスマは、なんの意味も持たないのです。 バプテスマは、人が救いを受けるプロセスの一部なのです。

 

3. バプテスマの意味/目的

バプテスマには大切な意味がいくつかありますが、その中でも特に重要なのは、「キリストの死にあずかる」ことと「教会に加わる」ことの二つでしょう。

クリスチャンはキリストにあって新しい歩みをするものですが、そのためには一度キリストと共に死ななければならないのです。(ガラテヤ2:20) そして、バプテズマこそが私たちをキリストの死に結びつけ、そこで古い自分が死に、新しい命あるものとされるのです。 そしてキリストの体なる教会の一員となれるのです。

 

4. 誰がバプテスマを受けるか?

イエス様を救い主と受け入れた人です。 そしてそのような人たちに対し、教会はバプテスマを授ける義務を負っています。

 

 

主の晩餐


1. 主の晩餐とはなにか?

主の晩餐とは、「聖餐式」とも呼ばれていますが、聖書の記述には、聖餐または聖餐式という言葉はでてきません。なので、聖書の中でつかわれている「主の晩餐」(Iコリント11:20)という表現を使いたいと思います。

主の晩餐は、パンとぶどう酒を通して、イエス様の十字架を記念するものです。 初代教会の時代より礼拝における主の晩餐は、とても重要なものです。カトリック教会では、この主の晩餐があまりにも儀式化したのに反動して、プロテスタントの教会では、儀式を軽んじる傾向があり、主の晩餐も教会によっては月に一度、もしくは年に数回という教会も多くあるようです。 当教会では、月に一度第一日曜日の礼拝で、主の晩餐を行っています。

 

2. 主の晩餐の規定

主の晩餐は、パウロが「私は主から受けたことを、あなた方に伝えたのです。」(Iコリント11:23)と言っている通り、キリストご自身が自ら私たちのために制定されたものです。そしてこのみ言葉は、使徒として召され、彼の多くの手紙が聖書の一部として残されているパウロですら、自分の解釈や考えではなく、キリストから受けたそのままを伝えなければならないほど大切なものなのです。

 

3. 主の晩餐の目的

主の晩餐にもいくつかの目的があります。 その中でも大切なのは、「主の十字架の記念」と「主の体である教会の一致」でしょう。 イエス様は、「私を覚えて、これを行いなさい」と言われました。 パンは十字架上で裂かれたイエス様のからだを、ぶどう酒は十字架で流された血潮をあらわしています。 「私を覚えて」というのは、もちろん十字架で死なれたイエス様ご本人を覚えることですが、それと同時に、そのイエス様の十字架によって罪が赦されたこと、私もイエス様と共に十字架につけられていること、そしてだからこそ今私は主により新しい歩みが出来ていることを覚えることなのです。

 

4. 誰が主の晩餐をうけるか?

「もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。」(Iコリント11:27) このみ言葉で、「ふさわしくないまま」と言っているのは、直接的にノンクリスチャンを指しているのでも、バプテズマを受けていない人を指しているのでもありません。 クリスチャンでありながら、党派心を持ち、自分のことしか考えないような人の事を指しているのです。 しかし、バプテスマを受けずにキリストの死に預かっていない人、すなわちまだ自分が十字架にキリストと共につけられていない人が、キリストの十字架を本当の意味で記念することはできません。 また、バプテスマを受けずに、キリストのからだの一部となっていない人が、教会の一部としてその一致を覚えることも不可能です。

ですので、当教会では、まだバプテスマを受けていない方、もしくは主の晩餐を授かるにふさわしくないと思われる方は、主の晩餐をご遠慮ください。イエス様を信じたなら、できるだけ早くバプテスマを受け、自分が救われたことを自他共に認めてもらえるようになり、そして教会の一員として主の晩餐に預かっていただきたいと思います。

 

主の晩餐は、主の弟子たち(クリスチャン)のため、すなわち教会のためにキリストご自身が与えられたものです。

 

 

Last Updated on Friday, 26 February 2010 23:57