鍵和田哲男牧師
こんにちは。私たちの教会「ジャパニーズクリスチャンフェローシップ」のホームページにようこそおいでくださいました。 私はこの教会の牧師、弁慶です。本名は鍵和田哲男ベンジャミンで、ミドルネームのベンと鍵和田のKでBen-K(弁慶)です。 慶びを弁ずる牧師ということで、自分ではこのニックネームをかなり気に入っています。 この弁慶牧師、クリスチャンの母親の影響もあり、5歳のときにイエス様を信じ、6歳で洗礼を受けてクリスチャンになりました。 と言っても、何か特別な子供だったわけではなく、ごく普通のいたずら好きな少年でした。 中学校を卒業すると、一般の高校には行かず、すぐに航空自衛隊に入隊したのですが、その後すぐに誘惑に負けてクリスチャン脱落となり、教会にも行かないようになりました。別に神様の存在を否定するとか、教会に批判的だったとかというわけではないのですが、とにかくこの世の中の方が教会よりも楽しく面白く感じたということです。 けれども、18歳のときに一つの転機が訪れました。このころ、私はかなりヘビースモーカーだったのですが、ラグビーをしていたこともあって、何回か禁煙に挑戦しては失敗していたのです。最初のうちはそれでも何も気にかけていませんでしたが、あるときにふと、「一本のタバコに勝つことのできない自分は、これからも他の誘惑に勝つことなんかできないのではないか。そして、そんな人生をやがて振り返る時が来たら、自分の人生は敗北の人生になってしまうのではないか」と思い始めたのです。 ちょうどその頃、私は静岡県浜松市にいたのですが、東京にいるクリスチャンの友達から遊びに来ないかとの誘いがありました。もちろん断る理由もなく、ある週末に彼のところに遊びに行ったわけです。そして、その日曜日の朝、私は彼とともに3年ぶりに教会の礼拝に出席しました。その日の礼拝のメッセージは、私の心にあった葛藤に対して、明確な答えを与えるものでした。その日、神様は私に語ってくださり、私はもう一度神様に従う決心をしたわけです。 その後、私は航空自衛隊のパイロットコースに進むことができ、山口県防府市にある基地に移動になりました。そこでは私は自分が通える教会を真っ先に探し、その教会(防府バプテスト教会)で教会学校の奉仕をしながら、礼拝にも励んでいました。また、パイロットになることは航空自衛隊に入隊したときからの夢でしたので、自衛隊の中での生活は充実していて楽しいものでした。 ところが、ある日曜日の礼拝の中で、神様は突然私の心に「私のためにすべてをささげて牧師になるように」と語りかけられたのです。わたしは当然のごとく「神様、私はパイロットになりたくて、せっかくここまで来たのです」と反論したのですが、その思いは消えず、礼拝が終わるまでには「主よ、わかりました。」という決心ができていました。そして、次の日の朝に辞表を提出し、その2週間後に退職して、牧師への道を歩み始めたのです。 その後は茨城県にある聖書学院を卒業し、始めは大阪で、それから栃木で、カリフォルニアのオレンジ郡で、それぞれ副牧師をした後、茨城県の境キリスト教会で9年間、カリフォルニアのサンファナンドバレーホーリネス教会で12年牧師をし、2009年9月から当教会の牧師となりました。
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