『賭博の町、ラスベガス伝道の始まり』(その3)
ラスベガスに伝道活動を始めた時は、私的なことを言えば、肉体的にも、社会的にも、経済的にも最も苦しい時期でありました。1989年の10月に左腹部下にソフトボール大の腫瘍が見つかり、又その腫瘍が大きすぎ た為、主治医は癌かも知れないという事で、左脇下から半円を描くようにして下腹部を約50センチ切開手術しました。結果的には良性でしたが、点滴だけで2週間の入院をしました。
1987年辺りからアメリカ経済も非常に良く、会社も上向きに行っていた時だけに、この入院と約1ヶ月の自宅療養は非常にこたえました。10人ほど抱えた小さな会社でありましたが、その責任は重く、責任者がそう長く会社を空けることは出来ず、無理をして病後出勤を余儀なくされました。そんな時,会社で一番信頼していた私の右腕の人が突然会社を辞めて私の顧客と一緒になって新しい会社を設立営業したことは大きなショックでした。私はこの体と精神的なショックとで会社を売却することを決意し、退院後半年で全ての売却手続きを終了しました。ところがその後買い手の会社と契約上のトラブルで訴訟問題にまで発展し、身も心も疲れ果て、仕事と信仰面で戦いの真中におりました。
神様のなさることは人間の判断では到底推し量ることの出来ない、理解しがたい行動に出られるようで、ラスベガスに伝道に行けと言われたのは私が一番苦しかったこんな中であったのです。神様は一体何を考えておられたのでしょうか。今でこそ言えることですが、私も良くやったと我ながら感心していますが、多分頭が混乱している時であったので、訳も分からず良く考えもせずにやったのかもしれません。しかし、神様のご計画はその時にはわからない事であっても、従って行く時にその道がだんだんと明らかになってくると言うことを学ばされました。
1994年まだ裁判問題が続いている最中、日本から来られた私の尊敬している佐藤陽二先生が、「安藤君、アメリカにいる日本人伝道は、アメリカにいる君達がやらなくては駄目だ」と活を入れてくださった一言で、通信教育ではありましたが、先生が学長をしておられる神学校に即入学が決まり、それから4年半先生ご指導のもとで学ばせていただき、1999年2月卒業と同時に按手礼を授けてくださいました。私はその時すでに8年間ラスベガス伝道に携わっていたので、それを認めて下さっての按手礼だったのです。先生にあの時、「君やりたまえ!」と言って私に入学を許可してくださらなかったら、今の私はなかったのです。
ラスベガスでの伝道は結局2001年の12月半ばまで10年間させて頂き、今はバトンタッチして後任者にお任せしましたが、紆余曲折しながらも兎に角10年間続けさせていただけたのは主の憐れみ以外何物でもありません。経験のない者がただがむしゃらに突っ走り、時には一体何のためにやっているのだろうかと思う時も、経済的に苦しかった時も、体が疲れていた時も、励ましを与え、慰めてくださり、力を与えてくださって、「喜びをもって主に仕えよ」(詩篇100:4)の御言葉が、全てを心からの喜びに変えて下さった素晴らしいかけがえのない経験を私の人生の後半にさせて下さった事は意義深いことでありました。
1989年入院中に、61才から私の全生涯を神に捧げると決意したその思いを神様は具体的に導いて下さったことは実に驚くべき神の業だと思います。その決意をした時は50才の時でしたが、その後直ぐにラスベガス伝道へと道を開いてくださり、佐藤先生との出会いで神学校への道、ビジネスを縮小して私が直接仕事しなくても営業できる様に、家内の全面協力と生涯献身の全ての準備が整えられたのは1999年、61才の誕生日を迎える3ヶ月前でした。何と計算し尽くされた神のみ業でしょうか。主の御名を賛美せずにはおれません。
1999年7月今の開拓教会(その時すでに開拓5年目)に招いてくださり、4年目に入っていますが、ラスベガスには今の教会を牧会しながら通っていました。しかし体力的にも時間的にも内容的にも限界を感じていた時に、やはり、ビジネスマンで今私が奉仕している教会を開拓された鶴田健次兄弟がしてくださるということで、2001年12月満10年のラスベガスでの働きを引き継いでくださり、丁度私と彼が入れ替わった形になった訳です。
鶴田兄弟は私なんかと比較にならない程の体力があり、バイタリティーに富んだまだ50代前半のやる気マンマン、力の漲った器です。主は時に叶った美しい業をして下さることがよく分かります。お互い入れ替わったことでどちらにも新しい地での開拓に闘志を燃やしています。現在約2000名以上の日本人がいて、人口も現在もう少しで200万人になろうとしています。毎月2000人はこの町に移り住んでいます。主の民が大勢いて、刈入れを待っています。因みに昔から創価学会の勢力が強く、現在統一教会、エホバの証人、幸福の科学の団体なども懸命にその働きを進めている地域です。日本での祈りを切に要請する次第です。
現在ラスベガスの集会は毎日曜の礼拝のほかに聖書の学びなどもやっています。ラスベガスにお立ち寄りの時にはぜひご連絡下さい。
安藤秀世(サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ牧師)
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