リバイバル新聞社 「北米における宣教の働き」
 
 『賭博の町、ラスベガス伝道の始まり』(その2)

 いよいよ私達がラスベガスに行くことを主ご自身が示してくださり、1991年2月より本格的にラスベガス伝道が始まりました。子供もまだ小さかったし、土曜には日本語学校に通わさなければならなかったので、毎週行くのは相当にきつく、取り敢えず私一人が隔週の割で行くことにした。定期的に集会をするのは非常に嬉しい事でしたが私にとっては大きなチャレンジであり、情熱はあっても何しろ経験も訓練もない者がどの様にしてこれからやって行けば良いのか皆目分からない。まったく頼りないことであったが、主が導いてくださるのなら、主がその方法も与え教えてくださるだろうからと腹をくくって、とにかくやってみる事にした。

 あまり思い悩まない方が得策だし、これは主の業なのだからと比較的楽天的に始めました。自分の証しなども加えながら聖書の学びやメッセージ的なことも含めてガムシャラなスタイルでやっている内に、一人増え二人増えし、半年後には二人の人が洗礼を受けるまでになりました。まことに主の憐れみ以外何物でもない、主の業を見せていただけた素晴らしい経験をさせて頂きました。聖霊様が導き手であり、この働きのリーダーシップ(主権)を取ってくださることをはっきりと教えていただけた次第です。

 受洗を決意されたのは、前述のM姉ともう一人F姉。ラスベガスの初穂であります。F姉は神戸市出身で若い時には教会にも通っておられたとか。ラスベガスにどの様にして来られたのかお伺いする事が出来なかったが、とにかくギャンブルがお好きでご主人の給料で生活をし、自分が働いて得た収入は全部ギャンブルにつぎ込んでおられた。もうすでに頭には白い物が混じり始め、異国の地でいつまでもこのような生活を続ける事はいけないと、神のもとに返る決断をされたのでした。

 M姉も3度結婚されており(この時にはまだ2回目の後でした)、私のもと勤めていた会社関係でラスベガスに来られ、男のお子さんが一人いました。非常にやる気のある人で、リーダーシップもなかなかある活発な方でした。洗礼式当日には私が属していたロサンゼルス・ホーリネス教会牧師の溝口俊治師が来てくださり、M姉の友人の家のプールで洗礼式を執り行いました。ホーリネス教会からも数名の方が応援に来てくださり、職場の仲間も加わり、記念すべき又感動的な洗礼式をする事が出来、万感胸に迫るものがありました。これはほんの始まりだ、これからまだまだ救われなければならない魂がここには沢山ある。

 この街はうわべは派手で楽しい事が一杯あって、不夜城と呼ばれ一日24時間365日休日がない、賭博だけでなく国際的なコンベンションも開催され、世界中から人が集る国際的な街、日本からも一度はラスベガスに来たいと、観光客が毎年大勢やってくるが、ここで生活している人達は普通の生活をしている。街には銀行もあれば、スーパーマーケットもあり、ガソリンスタンドも、薬局、病院、日本人マーケット、日本食レストランもあります。ただ違うのは、大概の店にはスロット・マシーンが置いてある点だろうか。買い物に来ても5セントを機械に入れて、上手くいけばその場でそれが20倍にも100倍にもなる可能性があるのだ。ギャンブルと言うよりも遊び心で手軽に楽しめるようになっている。因みにその当時日本人は約2000人いました。

 ロサンゼルスから15号線を内陸に入ると広大な砂漠の中に出る。夏には灼熱の太陽
が照りつけ、外に出ると頭がクラクラーッとなるくらい、まるで蒸し風呂に入ってい
るような暑さ。冬は雪で砂漠が覆われ、一度など4時間で行けるところを9時間掛かっ
て、ほうほうの態で行き着いたことがある。途中トイレにも行けず、まるで決死隊
だ。
 いつもガソリンのメーターを注意しておかないと、ガソリンが切れると途中ではなかなかスタンドを見つけることが出来ない。雪の日にはタイヤにチェーンが必要。タイヤもいつも新しいのをしておかないと、途中でフラットタイヤになると恐ろしい。何しろ時速140キロ平均でドライブするのだから、事故も多い。一度の事故は死を意味する程のひどさだ。オーバーヒートなどザラ、何台もの車が砂漠の真中で立ち往生する。万全の準備点検は必須。

 冬のサンバナディーノの山に入ると吹雪に遭遇することが度々。下り坂は何とも恐ろしく不気味だ。道が凍り付き車が横滑りするのだ。何度命拾いしたことか。中野雄一朗先生と一緒に行った時の帰りはひどかった。大きなトラックが右横を走っており、それがドンドンと我らの斜線に横滑りしてくる。前のピックアップトラックは尻を振りながら、蛇行している。左は崖っぷち。生きた心地なし。「おお、主よー!!、たすけてくださーい!!」こうなったら恥も外聞もない。手に汗びっしょりかきながら、必死にハンドルを握り締める。「こんな命がけの伝道旅行ですから、神様、この報いを絶大なものにして下さいーッ!!」

 何とか一年目でそれでも10人位の人が集会に集まるようになったでしょうか。その
内に色々な先生方も来てくださり、福沢満男先生の伝道集会も持たせていただきました。その時は25人程集ってくださり、るつ子さんの賛美で多いに盛り上がったことで
した。


 
安藤秀世サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ牧師