リバイバル新聞社 「北米における宣教の働き」その(1)
『賭博の町、ラスベガス伝道の始まり』
「イエス様の愛がわかった!!」突然電話が掛かってきた。1990年7月のある夜のことでした。それはラスベガスに住んでいたM姉に、家内が一年間テープを送りつづけ、福沢満男先生のテープを聞いた後電話を掛けてきたものでした。
テープによる遠隔伝道の実が実ったことは私達にとっては思いもよらぬ喜びでした。即座に近くのアメリカ人の教会に行くように勧めました。ところが何と驚くような事をそのM姉は言ったのです。「どうしてこちらに来て下さらないのですか? 日本語で聖書を学びたいのです。」
「エッ!ラスベガスに行くの?」<往復1000キロもあるしナー>、と考え込んでしまいました。しばらくの間こころの中は複雑な思いが飛び交っていました。どう答えたら良いのか、返答に窮した状態で頭がうまく作動しなった。と、突然あのみ言葉がまるで稲妻の様に脳裡に飛びこんできた。そうあの「マケドニヤの叫び」(使徒16:
9-10)。実は恐れていた事が起こったような思いが一瞬、心の中を横切った。しかし、その思いとは裏腹に、「わかった!! 行く」と言う返事が口から出てしまっていた。余りにも軽率な返事ではなかったか。何であんなこと言ってしまったのか分からない、でも一度言葉で言ってしまった事は取り消しようがないのだ。そんな出来事が1990年の夏の夜に起こったのでした。
私はその頃ロサンゼルスでビジネスをしていました。以前違う会社に勤めていた時、仕事関係でラスベガスに半年ほど駐在していた事があり、電話の主はその時の従業員の方でした。その会社にはもう私は働いていなかったのですが、独身者であった彼女の事を思い、家内はずっとテープを送り続けていたのでした。
実際に最初の集会がラスベガスで始まったのは1991年1月28日の土曜日からでした。私と家内の二人、車で片道4時間を運転(500キロ)、集会と交わりの時間を入れて4時間。一日12時間をラスベガスにいる一人の婦人の悲痛な訴えに神様が応え、聖書の学びの時を備えて下さったのでした。
最初の彼女の電話の後すぐに誰かクリスチャンの女性がいないか色々と調べた結果、一人沖縄出身のクリスチャン、E姉がいる事が分かり、すぐに連絡して二人に会っていただいた。その方は沖縄で洗礼を受けておられ、ご主人が亡くなられた後、
お二人の子供を抱えて一生懸命にレストランで働いておられました。従って、最初の集会はこの4人でスタートした記念すべきものでした。この様にしてラスベガスの伝道が始まったのは、最初の電話から6ヶ月目でした。
しかしこの伝道にあたり、色々な戦いがありました。何故主の至上命令であるべき
伝道の業がスムースに始められなかったのか。福音を伝える「宣教大命令」(マタイ28:18-20)に素直に従えない理由は何だったのか、色々と考えさせられ、教えられた時でもありました。
牧師のメッセージや聖書の学びではイエスに従うことが弟子たる者の最優先すべき事であると叩き込まれ、神の命令は絶対的であるという事も教えられた筈でした。しかし現実問題として同じメッセージを聞いた者達の間で意見の食い違いが起こると言うのは何故なのだろうか。9人の教会役員がラスベガス伝道をすべきかどうかで意見が真っ二つに分かれてしまったのです。宣教に対する理解度の相違には、理性や感情で説明の出来ない事があるのだと言う事を学ばされた時でもありました。特に最後まで釈然としなかったのは、「何が反対なのか」という事でした。
いわゆる長年教会に仕えて来た方達(一世の方で苦労してこられた)と比較的若い役員(新一世、比較的最近米国に来た者)とが全く両極端に分かれしまい、最後には感情論にまで発展して、役員会では多数決で賛成であったにもかかわらず、教会総会を開いてまで決着をつけ様と固辞する反対派。総会では賛否両論、ケンケンガクガクの討論の結果たった一票の差で反対が通ってしまい、これでラスベガス伝道も駄目かと思われたのでした。
しかしこれが主のみ業であるとは誰もこの時信じる事が出来なかった。神様がこの時示して下さったのは、「教会がやりなさい」と言うのではなく、『あなたがやりなさい』という個人的なものだったのです。何故その事が分かったかと言いますと、
1)総会の始まる前(3週間前)に前述した第一回目の集会を主はすでに導いて下さっていた、
2)反対が決議された時、不思議な平安が与えられた、
3)総会後の翌朝のデボーションの時、マルコ9:40「私に反対しない者は、私達の味方である」のみ言葉が与えられた事です。
一票の差で反対が決議されましたが、実は棄権者が全体の25%あったのです。これは衝撃なみ言葉でした。主が決断の手をも支配しておられたのだと悟らされ、心から主の御名をほめたたえた事でした。主はあるご計画を以って私個人にこれをせよと命じられたのだ。この時はまだ主の計画を知る由もなかったのですが、とにかく今は主にお従いしようと決意を新たにされた事でした。
安藤秀世
(
サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ牧師
)
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