しかし」というお言葉の威力
 

<しかし>と言う何気ない接続詞、今まであまり注意を払わずに読んで来た。喋る時にも物を書くときにも何気なく便利に思いながら使って来たが、時にその言葉に強烈な威力があることを思い知らされる事がある。

この接続詞一つで今まであった事実が一変してしまうのだ。この一言で歴史が変わってしまう程の意味がこめられている。 今まで否定して来た事をこの言葉一つで肯定的な事態へと引っくり返してしまう。またその逆の事もある。

今の今まで議論をしていたことがようやくまとまりかけて来て、これで行けると思った途端、誰かが、<しかしねぇ>と入れると、場が白けムードになり、話が振り出しに戻る。本当にこれは強烈な言葉だ。

聖書の中にはナント口語訳聖書の旧・新約合わせて1682回出て来る。その殆どがドンデン返しに使われている。 大逆転が展開される痛快な場面が多い。

<しかし>と言う言葉一つで、暗闇の世界から、希望の光り輝く世界へと変わるのだ。

迷路に入って道を迷っていた者が本道に引き戻される。 いのち失いそうになっていた者が、息を吹き返す春の息吹きのように、新しい命を取り戻す。

失望から喜び、死から生へ、マイナスからプラスへと、この<しかし>の持つ力は凄い。以後チョット気をつけて読んで見よう。

「あなたがたは、この世にあっては悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている」(ヨハネ16:33)