小さい時からの希望は沢山あった。年代というか生活環境の変わるたびに、私の希 望も変わっていった。一貫してこの様になりたいという強いものはなかったと言え る。
少年期が戦時中であり、職業軍人の家系にあったせいか、軍人になりたいと思ってい た。戦前に出て戦う兵士と言うより、参謀格で作戦を指揮したり、司令官のように偉 くなりたいと思っていた。だから昔の武将物語などの本を良く読んでいた。しかし敗 戦の憂き目に遭い、その夢もはかなく消えてしまった。
中学に上がると、一転して建築家になりたいと思った。この思いは相当強く、大学受 験も建築科を受けたくらいだった。理由としては幾何が得意であったせいだと思う。 一つの問題が解けるまで、何時間頭をひねっても飽きなかった。時には数日掛かって 解いた時の気分は壮快そのもの。ますます建築家への思いは強くなっていくばかり。 しかしその夢と思いがまだ残っている時、音楽家になっても良いかなとの思いが同時 進行し始めた。
これにも相当熱が入っており、音大の入学願書を先輩がわざわざ大学 まだ取りに行ってくれたくらいだったから、実現可能の範疇にあった。カラヤン、ブ ルーノ・ワルター、フルトベングラ−、トスカニーニと言った世界的な指揮者に憧れ、「指揮者になりたい!!」の思いはまるで恋人を想う様に強く激しくなっていくば かり。
「よし、受けよう」との決意を高校の音楽の先生に夜も相当遅くなってから電車に乗って先生の家まで相談に行った。「先生、ボク音大を受けます!!」「・・・」 「???」(最初の「 」が先生の沈黙、後の「 」が「エッ?なんで回答がないの ?」とボクの思い。)「駄目よ」とポツリ一言。これですべてがパー。そうなんです。ボクの勢いは買って くれたが、少しくらい音楽が出来るからと言って音大を受けることは出来ないので す。指揮者になるには先ず何かの楽器が出来なければならない。
ボクはハーモニカで少々、「カ〜ラ〜ス〜、なぜ鳴くの〜、カラスは山に…」が吹けるくらいの実力しかなかったのをすっかり忘れていた。これでこの夢もチョン。変わり身も早い、よしッ、あとは建築家だ。これにボクの将来は掛かっている。これに命をかけよう。どうしても建築家になるぞ−、とさっそうと建築科の受験に臨んだ。結果は見事<落ちた>。相当の自信はあったはずだったが、世の中そんなに甘くなかった。
しかし大学のお情けか「土木科」に入っていた。ボクにもプライドはある。土木(即、道路工事というイメージがあった)なんて向いていない、止めた。浪人生活2年目はすっかり建築科志望も止めて外語を受けた、しかもどう言う訳かとっさの思いつきで「ロシア語科」。
これも落ちた。すべての夢は打ち砕かれ、戦い終わって敗戦の将の気持ち。
「春高楼の花の宴、めぐる杯、影さして…」<荒城の月>の歌がしみじみと胸にしみ込んでくる。「ああ、神の導きはなんと不思議なことよ。」
今はこうして神の御名を高らかにほめ歌い、フルタイムで主に仕えているとは!!
主よ感謝します。
安藤秀世(サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ牧師)
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