「わたしの戒めはこれである。
わたしがあなた方を愛したように、
あなた方も互いに愛し合いなさい。」
アメリカで合計13年間住んでおられた日本商社マンの某氏の記事を読んでいます。非
常に参考になるので時々取り上げたいと思います。
「私達(日本人)は他人からの批判に耳を傾けない、こころに余りゆとりのない人間であると(アメリカ人に)思われていることをご存知ですか。『我々も色々考え努めようとしているんだから、色々参考になる事を言ってくださいよ』と言いましたら,『あなた達は聞きたくない事にはムキになって抵抗するから,言いたくても言えなくなるのよ』と言われました。耳を傾ける価値のある意見だと思います。」と述懐しておられました。
確かに、自分ではそんなに意識していないのだけれど、日本人同士でもムキになって一所懸命自分の意見を正当化しようとしていることに気がつきます。自分もその中に含まれているので, 顔が赤くなります。
誰でも自分の正しさを証明しようと躍起になります。それが自己主張となって、人の意見を本当に聞けなくなる時があります。いわゆる「我」を通すのです。 日本人は自己表現力が乏しいと言われています。自己表現は自分の意見をしっかりと持っていて、それを上手に表現していく力です。そこには他人をも受け入れる事の出来る余裕があるのです。
自分の意見を表現する事と、自分の意見を押し通す事は違うようです。他人の意見を聞かないで、自分の意見を最後まで押すのは、自分に自信がないのかも知れません。或いは子供の時に充分に受け入れてもらった(受容)経験がないのかもしれません。
キリストが「私があなたがたを愛したように・・・」と言われた言葉を充分に吟味する必要がある様に思えます。「愛された」経験を充分味わい、どんな事があっても、この方が絶対的な愛をもって愛して下さっている。このことを体で覚えると、心に「ゆとり」が出て来て、人の話を良く聞けることが出来る様に思えるのですが、いかがでしょうか。
安藤秀世(サウスベイ・ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ牧師)
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