第5回 日本“賛美と証し”伝道旅行記(1)


英国人捕虜の墓を訪ねて

安藤秀世(サウスベイジャパニーズクリスチャンフェローシップ牧師)


英国人捕虜の墓 写真(1)

東京着

 5月12日東京着。空港で中村益満兄、保坂恭子師、間中勝美兄(4月にワイキキ・ビーチで洗礼を受けたばかり)の3人が出迎えて下さる。間中兄の車で世田谷の右近家へ。

 長時間のフライトで家内の足の調子が悪く、車で送って下さるのは大いに助かる。心のこもった配慮にただ感謝(保坂さんも車を用意していて下さった事を感謝します)。

英国人捕虜の墓を訪ねて

 翌朝6時半に右近家を出て、東京駅へ。名古屋経由関西線にて(途中紀勢線に変る)熊野市まで行き、タクシーにて紀和町へ。

 アガペ書籍表紙(初めての所なので、同行する方が東京から一緒に行く筈だったのが、とうとう最後まで現れず、不安な気持ちのまま熊野市までゆく。そこで確か迎えの方があった筈なのにと思いながら、そこでも不案内のまま紀和町まで行く。後で聞いたことだが、もう1人同行する人が東京駅に時間になっても現れず、その方を待っていたとの事)

 ここに来た目的は

アガペ”の著者、恵子ホームズさんに会うこと。
16人の英国人捕虜の墓を訪ねること。

 第二次世界大戦中、タイとビルマを結ぶかの有名な泰緬(タイメン)鉄道に従事していた大英帝国捕虜兵300人がこの地に連れて来られ、入鹿(いるか)にあった鉱山で強制労働させられ、16人が亡くなった(入鹿は合併され現在は紀和町として残っている)。

 町の人達は亡くなった捕虜兵の為にキリスト教の墓を作り十字架を飾り、60年の間、英国人捕虜の墓 写真(2)ずっと手入れし、墓を守ってきた(Little Britainとして残っている)

 恵子ホームズさんはこの事を英国にて今なお現存している元英国戦争捕虜のFEPOW(Far East Prison Of War)の人達に知らせ、日本にお連れして彼らの心を癒す働きをしておられる(詳しくはアガペをお読みください)。


 彼女はこの働きの為エリザベス女王より大英第四級勲功章(OBE)を受章。

 「憎しみからは憎しみしか生まれない」過去の過ちを謝罪し、赦し合い、和解をしてこそ初めて、“心の平安”が生まれる事を、実践しておられる。

 60年の間日本人を恨み続けてきた元捕虜兵であった人が、逆に「今まで日本人を恨み続アガペの皆さんけてきたことを赦して欲しい!!」と告白、心の傷が癒され、身体も癒され、まことの平安と安らぎを得られた。

 安らぎの原点になるこのお墓をどうしても訊ねてみたかった。

 詩篇147:3 「主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包む。」




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