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第6回賛美と証し伝道旅行(1) 恵子ホームズさん一行のレセプション」
第6回賛美と証し伝道旅行(2) 「東京基督教大学」
第6回賛美と証し伝道旅行(3) 「千葉/仙台」
第6回賛美と証し伝道旅行(4) 「東京/大江戸歌祭り」
第6回賛美と証し伝道旅行(5) 「インド/バングラデシュ」
第6回賛美と証し伝道旅行(6) 「マイメイシンにて」

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第6回賛美と証し伝道(1) 恵子ホームズさん一行のレセプション」

今回の日本旅行は別として、バングラディッシュ、インドへの旅は最初あまり気の進まない旅でしたが、私の思いと反して、素晴らしい経験をさせていただいたものとなりました 。行く前から色々な予防接種の注射を6本、マラリヤ予防の飲み薬と不安の募る思いで一杯でした 。

その旅がハテサテどのようになりましたやら ・ ・、順を追ってご報告したします 。

先ずは日本編:

5月の日本への旅でお知らせいたしました恵子ホームズさん一行のレセプションが10月19日夜、青山で持たれました 。 第二次世界大戦時の日本軍捕虜だった英国人、すでに故人となられた元捕虜の奥様や,ご子息,お嬢様など20数名が英国から来られました 。

日本側からも元捕虜だった人,英国人捕虜収容所で監視していた元日本兵など100名以上も集まり,大変意義深い会合でした 。 戦争時にはお互い敵同士でいがみ合い憎しみ合った者が,一同に会し、共に飲み食いしながら思い出を語り合うとは,60年前には考えられなかった事 。 「アメ−ジング ・グレース」を共に声を一つにして歌え会えたことは、感激でした 。



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第6回賛美と証し伝道(2) 「東京基督教大学」

10月21日 東京基督教大学に行きました 。やがて巣立ってゆく学生達にクリスチャンと仕事、社会人としてどのように証ししてゆくか、話してくださいという事でした 。 30年のビジネス経験から少しでもお役に立てばと思いお話させていただきました 。 

ここには私達のバイブル・クラスに来ていた女性が二人在学しています 。 久しぶりに会った 。 真面目に勉学に励んでいる様子で安心 。


学生食堂で一緒に食べました   
真面目に勉強している宮本雅子・稲葉諭香

10月22日 JTJに行き、メッセージをさせていただく 。 一年365日やっていた集会も週に一度金曜日夜に変更 。

そういえば東京プロテスタント教会も365日集会を2004年一杯で止め、大和に移すと言うこと 。 今まで良くやってこられたと敬意を表します 。


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第6回賛美と証し伝道旅行(3) 「千葉/仙台」

10月24日 千葉にある昭和町ナザレ教会(杉谷健一師)にて賛美とメッセージの奉仕 。 本来は右近さんがメイン ・スピーカーだったらしく、彼の宣伝がしてあったにもかかわらず ・ ・ ・、彼はダブル ・ブッキングで、 さっさと他の方に行ってしまった 。 それでも温かく迎えてくださり 、 ホテル迄用意して下さり 、先生と夕食を共にさせていただけた事は幸いでした 。

(右近さんをチョッピリ恨んだが ・ ・ ・)

立派なドイツ製のパイプ・オルガンが右手奥に見える 。 立派な幼稚園が併設されていた 。

礼拝風景、オルガンと杉谷先生

杉谷健一先生と


午後、近くの袖ヶ浦ホーリネス教会の夜の集会に突然お邪魔する 。若々しい力みなぎる、賛美が一杯溢れた教会 。 島田直先生はアメリカで救われ献身し 、素晴らしい働きをしておられる 。 バイタリティーの塊、熱血先生 。 教会は畑の真中にぽつんと建っており 、 教会の前にはあの有名な千葉のピーナツ畑がある 。 

ピーナツ収穫後、最後まで「イヤダー」と言って こちらを向いてくれなった農家のおばさん 。

集会後、島田先生と


10月25日 仙台VIPクラブにて証しメッセージ 。 メトロ・ポリタンホテルにてビジネスマンばかりが集っておられる 。 色々な職業の方とお会いでき,しかもクリスチャンである方がこの地で証しておられるのは何とも力強い 。

我が家に一年ホーム・ステイしていた佐藤ちあきさんのお母さんが来て下さっていた 。 

またやはり2週間ほどホームステイして下さっていた、菊地頌子さんがお兄さんとお母さんと一緒に来て下さって、懐かしい体面でした 。 ちなみにお父様は手広く行政書士のビジネスをしておられる。

懐かしい人達にお会いできるのは何とも嬉しい 。 チアキさんは教会関係のことで沖縄に旅行のため欠席 。

左は菊地頌子ちゃんのお母様と右 、お兄様


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第6回賛美と証し伝道旅行(4) 「東京/大江戸歌祭り」

10月27日 東京船堀にある<タワーホール船堀>で、「大江戸歌祭り」と言うテレビ番組に、何故か出演する機会が与えられ, 歌謡曲、演歌、民謡、舞踊などの間に挟まって賛美をさせていただく 。テレビの公開録画撮りで、観客も100人くらいは来ておられ、テレビ録画中舞台で歌う 。 メジャーのテレビ局でなくスカイパーフェクト(通称スカパー)のチャンネル216月例特別番組として取り上げられている 。 放映は12月6日でした 。

初めての経験で随分と緊張したが、プロの人達と混じって、度胸が少しつけられた 。

やはりプロはプロだった。上手だ 、よく歌いこなしている 。

何とも素晴らしい経験をさせていただいて感謝 。

平浜ひろしさんと同室の控え室で。ピシッと決めた彼はまだ無名の演歌歌手。ドーランもちゃんと塗っていた 。私だけ素顔のまんま、衣装も普通の背広にネクタイ 。


10月28日辺りから風邪がひどくなり調子が悪いの休養する 。

10月31日 赤坂教会(姫井雅夫先生)礼拝にて賛美と証しの奉仕の積りでしたが、余りにも喉の調子が悪く、本格的に風邪にやられ 、声が出なくなり 、とうとう賛美出来ず、証しだけは何とかすることが出来たが、申し訳ないことにCDを一曲流していただき、賛美に代えさせていただいた。

このような経験は初めて 。 こういう思わぬ出来事があるのだ、人生には 。 

日頃の注意がどれほど大切なものか思い知らされた 。 私の知っているプロのオペラ歌手の方はどんな場合でも細心の注意をしておられた 。 見習わなければならない 。

先生は最近上の息子さんを亡くされたにもかかわらず 、お元気に牧会を続けておられる。

聖歌隊の皆様、指揮は先生のご子息 。

姫井雅夫先生と


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第6回賛美と証し伝道旅行(5) 「インド/バングラデシュ」

11月1日 いよいよインド、バングラ行きだ 。 先ずは今日、成田からバンコックに飛ぶ 。

日本国際飢餓対策機構(以下FHI)の辻本清臣先生を団長として 、グループ総勢10名、私だけ違う航空便で行くので、バンコック空港で待ち合わせをするも、私の方が早く着き、1時間ほど待つうちに、皆さんが来られ、空港近くのホテルに落ち着く。

今夜はバンコックで辛い辛い、本当に飛び上がるほど辛い食事をローカルのレストランで皆さんと一緒に 。 


それにしても20年前に来た時とはまるで空港近辺の様子が違う 。 道路が綺麗に舗装され、整備され 、道幅も広く、国中に広がっている 。 空港も新しく改修され拡張され 、まだまだ拡張しようとしている 。 空港の外には群がっている人たちが全くおらず、次から次へと車が出入り、旅行客、見送りの人達のみが乗降している 。 国政の行き届いているのが見える 。 見違えるほどの発展で驚く 。 

グループの皆さんと最初の食事。それにしても料理のなんと辛いこと。先が思いやられる思いで食事をいただく 。


11月2日 バングラディッシュのダッカだ 。 空港を降りた途端、わっ〜と人だかり 。

荷物持ちを手伝いに傍によって来て荷物を持とうとする、子供達が手を出して小銭をせがむ 。 小さな子供連れの若いお母さんが哀れな顔をして手を出す 。 最初からやり切れない気持だ 。

空港から街中へは広い道路が続くが、バスやタクシー、原動式三輪オート、輪タク 、人、自転車も入り乱れている 。 人は何処からでも道を横切る、クラクションの鳴らしっ通しだ 。

街に入ると、もう混雑極まりなし 。 四六時中ラッシュアワーだ 。 ダッカのFHIのオフィスに着く 。 これから4日間過ごすバングラディッシュのオリエンテーションを現地責任者のジョンが担当 。 ジョンとケイト夫妻はイギリスからご夫婦で献身され働いておられる。すでに4年滞在 。 実に誠実で 、柔和な人達 。 

イギリスでは相当な会社での地位を投げ打ってバングラで働いておられる 。 奥様は何時も民族衣装を着ておられ 、地元の人達と密接なコミュニケーションを図っておられる 。 ご夫妻ともすっかりと地元の習慣に馴染んでおられるようだ 。 勿論右手を使って食事をされる 。 頭の下がる思い 。 我々にはフォーク、ナイフとスプーンが用意されている 。


午後3時には4時間ほどドライブしてマイメンシン(Mymenshingh)と言うところに向かう 。 途中の道路の悪さは 、戦後の日本を思い出す 。 迂闊に車中でしゃべると舌を噛み千切ってしまうほどだ 。 それに声が震える 。 胃下垂になりそう 。

田舎道を走るので 、 道路には車や人に混じって牛ものんびりと道路を歩いている 。

そんな道を猛烈なスピードでローカルのバスがまるでレースをしているように 、気が狂ったように飛ばしている 。 時々田んぼにバスがひっくり返っているとか 。 さもあらん。

7時半ごろマイメンシンに到着 、ホテルにチェックイン 。 ホテルの入り口は道路わきのオフィスの入り口みたいだ 。 大勢の人が物珍しそうに寄ってきた 。


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第6回賛美と証し伝道旅行(6) 「マイメイシンにて」

翌朝街中を輪タクに分乗し 、200メートル幅のある川岸まで行く 。

輪タクの運転者は何処に行っても、あのスカートのようなものをはいている 。客は殆どが 、普通のズボン 。 ということは、輪タクの運転手は下層級の人達の仕事らしい 。 渡し船に乗って対岸へ 。 そこには賎民の村(Out-castの人達)、リシパラ(Rishipara)がある 。

FHI(国際飢餓対策機構)の援助で建てられた学校が一つだけあり(生徒数207人)、つぶらな瞳をした子供達が 、1年生から9年生まで、午前(低学年)と午後(高学年)に分かれて勉強し 、少しずつ読み書きが出来るようになっている 。 授業は日曜から木曜までで、金 、土が休み(宗教的慣習) 。

授業は殆どが英語でなされている 。先生を雇うのも大変な仕事だ 。1クラスに40人程ぎっしりと詰まっていた 。 小さな部屋だ(8畳位から10畳の広さ) 。しかも小さな窓が一つあるだけで 、中は薄暗い、豆電気が一つ灯っていた 。しかし、教育内容は良いらしく 、越境入学をしたがる対岸の家族も大勢いるとか 。

(グリーン色をした服は生徒達に無料で支給される 、学校の制服)差別されたここの人達は教育も受けられず 、生活環境は非衛生極まりない 。

共同の水汲み場があり(ポンプ)、家庭には便所がない 。
どこだろう?

121家族が住んでおり 、人口が659人 。 勿論家庭には電気がない 。この地域には乗り物が一切ない 。村の中央にはでこぼこ道の高い土手があり 、そのすぐ両脇に家々が並んでいる 。勿論舗装などしているはずがないので、雨が降るとすぐに洪水になる地域である 。

低地には田んぼが見え 、2毛作。地主は対岸の何処かにいる 。極端に貧しいが 、平和で静だ 。 FHIの援助は多大である 。


村の婦人たちが小さな広場に集まって 、衛生に対する教育や 、共同生活の向上のために自主的に学んでいる 。 

夫々の家庭がわずかなお金を出し合って 、共同施設を作る工夫もされている 。 右手の男性はFHIのスタッフで 、定期的に村を訪れ 、生活一般の講義をする 。



川を戻りそこに川沿いに建てられた地元の教会を訪れ、静かな賛美のうちに祈りを共にした 。 教会形式はフランのテゼー(Taize, 超教派の共同体 、母体は長老派、アングリカン、カトリック等が一緒になっている)。一日3回の祈り 。 ここの牧師はオランダ人 。

ナオミさんという滋賀県出身、元看護士の日本人女性が献身され奉仕していた 。 

現地の人達はヒンズー教から改心してクリスチャンになった人たち 。 昼食を共にした。

やっと共同便所にめぐり合う 。


テゼーの正面玄関。中央の赤い服を着た方が 、ナオミさん。その右がオランダ人牧師 。

(共同便所)右手に日本風呂の様な水がめがあり 、ピンク色の容器で水を汲んで流す仕組み 。

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サウスベイジャパニーズクリスチャンフェローシップ

2005年1月より新住所に移転しました。

 新住所:4030 Spencer St. #105, Torrance, Calif. 90503
(郵便物は従来通り 2137 W. 235th St. Torrance, Ca. 90501)

 集会案内:

日曜礼拝:  
第一礼拝 7:45am〜8:25am
第二礼拝 9:00am〜10:10am

月曜    : アルファ・コース 7:00pm(知葉家)
火曜    : 家庭集会 7:30pm(青山家)
水曜    : 聖書の学びと祈り会7:30pm(教会)
金曜    : フライデー・ナイトバイブル・スタディー 8:00pm(安藤家)
土曜    : 朝の祈り会  7:00am(安藤家)

 
hideyoando@earthlink.net
 
連絡: 310-539-7139(安藤秀世牧師)310‐517‐9058(fax.)

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